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2021.06.15 08:30

斜陽産業の乾燥機メーカーが「世界で唯一」の存在になるまで


しかしこの年、木原は社長に就任した。なぜこのタイミングだったのか。

「父はガンから奇跡的にもち直していたのですが、『もうタバコだけに頼っていればいい時代とは違う。新しい仕事のやり方があるだろうから、始めるなら早いほうがええやろ』と打診してきたのです」

確かに木原は、社内改革を模索し始めていた。どんぶり勘定を改めて財務会計に着手したり、営業目標を立てるようにしたり、製造体系の効率化を図ったり。ベテラン従業員からは「時間の無駄だ」と反発が起こったが、話し合いを重ねて理解を求めた。

そんな時期を支えてくれたのが、一緒に入社した弟の利昌だ。兄弟で膝を突き合わせ、新しい事業を考えた。導き出したのが「タバコの乾燥技術を使ってほかの市場を開拓する」という答えだ。同社は日本専売公社(現 日本たばこ産業)との共同研究で、乾燥機内の温湿度をコントロールし、葉タバコの表面と内部をバランスよく乾燥させる独自の技術をもっていた。この技術を転用できればと考えたのだ。

目を付けたのが、干しシイタケだ。国産の干しシイタケはほぼすべて機械で乾燥するにもかかわらず、質の高い仕上がりになるのは熟練農家だけだと耳にしていた。同社でもタバコ乾燥機の片手間にシイタケ乾燥機をつくることはあったが、木原は「もっと掘り下げよう」と決めた。

自身で大分県のシイタケ農家を回り、温度と湿度の最適な組み合わせを求めた。新規就農者でもボタン一つで高品質な仕上がりになるプログラムを2年かけてつくり上げ、社長就任直前、新たなシイタケ乾燥機を商品化した。

これがヒット商品となり、食品乾燥機分野への突破口に。2010年に自社サイトを立ち上げると、次々に相談が舞い込むようになった。

そのころ、木原は会社の理念をスローガンにして打ち出した。

「キハラの乾燥で、感動。」

木原は「タバコ中心の時代も農家さんに喜んでもらおうと一生懸命働きましたが、食品乾燥には感動の可能性がさらにあります」と語る。


食品乾燥機は、原料の高付加価値化、商品の保存・転送といった面で大きなメリットがあることから、各地域の特産物の乾燥加工などに利用されており、木原製作所では累計20万台の納入実績をもつ。

ポイントは3つ。コスト削減、ロス削減、高付加価値だ。木原はグローバルな事例を挙げる。

「スリランカやラオスに乾燥機を収めに行ったときに、マンゴーがたくさん実っていたんです。『これは日本で売れますよ』と現地の人に伝えたら、一気に実ってしまうのでさばききれず、多くが無駄になってしまうということでした。こういう食品を冷蔵しようとすると、冷蔵車や冷蔵庫といったインフラ整備に費用がかかります。でも、乾燥機がひとつあれば、乾燥後の保存のランニングコストはいらないし、出荷の調整ができ、軽量化によって輸送しやすくもなる。ドライフルーツは世界的に市場が拡大していて、農家の所得向上につながります」

さらに、フードロスの削減にも貢献する。国連食糧農業機関によると、世界では年間40億トンの食糧が生産され、うち13億トンが捨てられている。先進国と開発途上国との食の不均衡や、廃棄処分による環境負荷は世界的な問題で、「この課題を解決するのに有効な手段のひとつが、食品乾燥です」と木原は熱を込める。
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文=秋山千佳 写真=佐々木 康

この記事は 「Forbes JAPAN No.081 2021年5月号(2021/3/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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