日比野克彦x箭内道彦「社会課題にぶつかったとき、アートは世の中を変えていく」

日比野克彦氏(左)と箭内道彦氏(右)


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日比野克彦氏

箭内:値段の高いアートを購入するのは悪いことではありません。投資的な価値だけでなく、例えば経営者が毎朝そのアートを見て刺激を受け、自分の経営に向かう──そういった目的で購入している人も、中にはいると思うんですね。経営者がアートを自分の中にどう取り入れるか、アーティストを経営の中にどのようにマッチングさせていくか。そこはアートとビジネスの直接的な接点になるのではと考えています。

僕がよく使う例え話で、壁の色を赤にするか黄色にするか、街で議論されていたとします。一般的には多数決できめるとか、赤と黄色を混ぜるとオレンジ色だからオレンジにするみたいになりがちですよね。でもそこにアーティストを呼んでくると「水色のほうがいい」とか「この壁、取ってしまいましょう」と全く違った視点の意見が出てきます。

アーティスト以外の人は、壁自体がいらないのでは、違う色があるのではという発想に、なかなかたどり付けないんですよ。もちろん、才能ある経営者は別でしょうけど。だから日比野さんがおっしゃったように、アートと社会、アートと経営にもっといろいろな接点が生まれてくるといいなと期待しています。

SDGsになぜ「アート」の文字がないのか


──アーティスト以外の人間がアートと接点を持つ、アートシンキングをはじめとするアート的なアプローチをしたいと考えたとき、何から始めれば良いのでしょうか。

日比野:アートを見たときに、好き・嫌いがあると思うんですよ。それ自体は悪いことではありません。でも「嫌い」を拒否するのではなく受け入れるんです。例えば好きな人と嫌いな人がいたとき、嫌いな人を「絶対的な判断ではない」と思う。好き嫌いは人によって違いますよね。好き嫌いは絶対ではなく、自分の中で変わってくるものとも言えます。

アーティストって一種の癖として、ある瞬間の好き嫌いを口に出すんですよ。でもその「嫌い」は絶対ではなく、今は嫌いだけど変わることもあるだろうなと思っているんです。そもそも自分が絶対に正しいとは思っていないんですね。それでも「だって嫌いだもん」って言ってしまう。翌日「昨日は嫌いって言ってたのに」と言っても「だって変わるし」みたいな感じです。

なのでアートにおいても好きな絵・嫌いな絵は当然あるけど、嫌いな絵も気分が変われば昨日ほど嫌いじゃなくなるみたいなことは起こりえます。その面白さを実感する。良い絵を見つけるのではなく、変わる自分を認識する。それで「なんか自分って面白いな」とか「人間ってちょっと不確かで、だから面白いな」と思える、そこがアートなんですよ。

例えば展覧会に行って、絵を見て感動したとします。でもよくよく考えると、絵って紙やキャンバスの上に絵の具がくっついているだけの話でしょ。くっついている絵の具を見てドキッとする、その感覚がすごい。アートは作品という物の側にあるのではなく、自分の中にあるんです。感動に変換する能力こそがあなたの中のアートだし、しかも変換の仕方もどんどん変わっていく。それが面白いんですね。そういう姿勢でアートに接してもらえるのが良いのかなと思います。

箭内:多くの人がアートに対して勝手に感じている垣根や、もしかしたら苦手意識・コンプレックスを取り払うこと自体が、僕はアートなのではと思います。それは誰の中にももともとあるもの。誰かの好きな作品を購入してもいいし、見に行くのでもいい。日比野さんの話を聞いたり、本を読んだりすることでも、入口は何でもいいんです。毎日違う花を買ってきて家に飾ることだって、僕はアートだと思います。アートは難しい、すごいなんて思わず、とにかく楽しんでほしいですね。

日比野:アートと経営の接点で言うと、日本ではここ2〜3年くらいでSDGsがキーワードになっていますよね。でもそこに掲げられている17の目標の中には、芸術もアートも出てきません。なぜSDGsに芸術・アートのキーワードが1つもないのか。地球を持続させていくために、芸術は関係ないのか? という見方もできてしまうけれど、逆に芸術はどこにでも接続できるものとも考えられます。

海や森を守ろう、ジェンダー不平等や貧困をなくそう──どのゴールにも芸術は接続できるし、芸術という「美しいな」と心が動くものがなかったら、人間の行動変容や社会変容は継続していかないと思うんです。数値を達成したらおしまい、では継続できませんよね。人の行動変容を最も促すのは、心を動かすこと。心を動かすことを一番やっているのは、やっぱり芸術やアートなんですよ。それがアートの一番の目的ですから。
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文=筒井智子 編集・インタビュー=谷本有香

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