青山 まず NS方程式が解けた際には、おそらく数値流体力学(CFD)に取り組んでいる我々研究者は全員失業してしまう。それぐらい大きなインパクトになりますね。
相曽 完全に解けたらの話ですが、青山のいう通りですね(笑)。
──なかなかのインパクトを持つNS方程式ですが、そもそも航空機の翼周りの流れの決定のほかに、NS程式はどのような現象を決定づけるのでしょう?
青山 たとえば、川の流れから生体内の血流まで。NS方程式とは“流体”が関与するものすべての運動量の保存を表した、「偏微分方程式」です。ですがお話ししている通り、NS方程式はあまりに複雑な方程式のため、未だ完全には解けてはいないので、かつては、いろいろな条件を設定して方程式を単純化することで解を求めるというのが一般的に行われていました。しかし、スーパーコンピュータが現れ、それを駆使した数値流体力学(CFD)が発達したため、結果的にNS程式の近似解を求めることが可能になりました。
調布航空宇宙センター内にあるスーパーコンピュータ棟では、現在JAXAとして3代目となるシステム「JSS3(TOKI)」が稼働中。
──なるほど。だからこそ、NS方程式を完璧に解けてしまったら、数値流体力学(CFD)の研究をされているおふたりは失業してしまうと。
青山 そうです。NS方程式が解けた世界というのは、それまでスーパーコンピュータを使ってとんでもない時間や様々なリソースをかけて計算を行ってきたものが、一瞬のうちに答えが出る世界になるということです。
結果、いろんな流体現象に対する理解がどんどん深まっていきますし、何かものを作るときには、こんな形にすべきだという解もまた、あっという間に出てくると。NS方程式は天気予報にも応用されていますので、予報の速度もガラッと変わるでしょうね。
──ちなみに「スーパーコンピュータを使ってとんでもない時間をかけて計算」の、その “とんでもない”とは、どのぐらいのスケールの話でしょうか?
青山 それは対象にもよりますが、例えば大きな旅客機が一機あるとして、その旅客機の周りの空気の流れを計算するのに、JAXAのスーパーコンピュータで2分かかります。
──2分。予想よりも十分に速いです。
青山 10年前までは1日程度かかっていたことを考慮するともちろん早いですが、スーパーコンピュータを何台も使った上での2分です。それも十分に細かいところまで解こうとはしてなくて、飛行機を浮かび上がらせる揚力がどの程度になるかを大雑把に見積もった計算で、2分。これが例えばその揚力を作る微細な渦まで細かくちゃんと計算しようとすると、1、2週間。場合によっては1カ月とか、そういうレベルで時間がかかります。
相曽 今の話を補足すると、1日かかっていた計算が2分まで短縮できたという背景には、まずスーパーコンピュータの性能がよくなったことが挙げられますが、同時に数値計算のプログラミングを担当した技術者たちが力を尽くした結果でもある。ということは、お伝えしておきたいです。
実際のプログラムを表示した画像。
数学による解析を生かした、物作りをしている
解析をしている様子。
──テクノロジーの発展によって、計算する人間の身体から離れて、スーパーコンピュータのような人間の脳を超えた機械が自ら計算する社会というものに、追いついていかない自分がいます。
相曽 つまりは数という概念が人間から生まれたものであるのに、それが一人歩きして人間を疎外していると(笑)。
──疎外とまでは思ったことはありません(笑)。もちろんよりよく暮らすためのテクノロジーの発展は賛成ですが、同時にヒューマンスケールを超え続けていくことによって、生活者としての実感が置いてきぼりになるのは少し寂しいというか、違和感を感じる瞬間があるということです。そういった意味でも、そのテクノロジーの最前線にいるおふたりに話を聞きながら、わからないなりにも少しずつ仕組みを知って、実感していきたいという気持ちがあります。
相曽 人間は様々な学問を生み出してきましたが、その学問の概念は人間の有機的なものから生まれていますよね。その概念が例えば抽象的に抽出されてしまうとするならば、生活者である人間と離れていってしまうことも、あるのかもしませんね。ですが、我々が取り組んでいる研究というのは、数学による解析を生かした具体的な航空分野に関わる物作りをしているんです。