地球から200万km以上離れた深宇宙から届く微弱な電波を受け止める、美しいアンテナ

地球からの距離が200万km以上の宇宙を深宇宙と呼ぶ。この深宇宙に飛行する探査機とのデータ交信を担うのが、美笹深宇宙探査用地上局(以下「美笹局」)だ。長野県佐久市の蓼科(たてしな)スカイライン沿いに建設中の大型パラボラアンテナは、金星探査機「あかつき」や小惑星探査機「はやぶさ2」などとの通信に使われている臼田宇宙空間観測所のパラボラアンテナの後継局として、2021年春から本格運用される。

本格運用に先立ち、今年の12月には地球に帰還する「はやぶさ2」との通信バックアップを務めるほか、運用開始後は水星磁気圏探査機「みお」などのミッションを支えていく。臼田以上の大容量の通信にも対応するその造形に迫った。

鏡面の歪みをクレジットカード1枚分にまで抑えた、大型パラボラアンテナ


直径54メートル、重量2200tになる大型パラボラアンテナは、臼田宇宙空間観測所から直線距離で1.3kmほどの場所にある。深宇宙探査用地上局プロジェクトチームの沼田健二プロジェクトマネージャは言う。「パラボラ(Parabola)は放物線という意味で、パラボラアンテナも放物面の形をした反射鏡があります。探査機からの電波が放物面で反射し1カ所(焦点)に集めることで、電波が増幅されるのです。今回整備したアンテナではより電波を集める力を高めるために、主反射鏡の歪み(凹凸)をクレジットカード1枚分程度にまで抑えられるように精密に製造、調整しているんです。例えば『はやぶさ2』の電波を初めて受信した時は約2億5千万km離れていて、そんな深宇宙を飛ぶ探査機からの微弱な電波を受信するには、精度の高いアンテナが必要不可欠なのです」

大口径54m。反射鏡の組み立て風景


パラボラ組み立て

パラボナアンテナの建設は自然豊かな場所が適している。なぜなら人が集う街中には様々な電波が飛び交い、それが雑音となってしまうことで、深宇宙からの電波の受信に影響してしまうためだ。写真は空撮した建設途中の大型パラボラアンテナ。「アンテナの建設は通常、工場で仮組みして現地で再現していくものですが、反射鏡がかなり巨大なために仮組みできず、現地で10分割した反射鏡のピースを一つひとつクレーンであげて組み立てました。当時はそれにとても苦労しましたが、今では思い出のひとつです」(沼田)。

組み立て風景

空気が澄んだ自然豊かな場所


標高1580mの自然豊かな国有林の中に建てられた白いパラボラアンテナは、多くの人の目を惹きつける。

雪景色

上の写真は冬の美笹局周辺の風景。下の写真は美笹局から約1km登った大河原峠からの眺め。

美笹局

美笹の貴婦人、大型パラボラアンテナ


アンテナの重厚な背面

「私はこのパラボラアンテナを“美笹の貴婦人”と呼んでいます」と言うのは、美笹局で写真を撮り続けている内村孝志サブマネージャだ。「臼田のパラボナアンテナとは異なり、美笹局は反射鏡の背中に太陽光による熱対策のためのカバーをつけているんです。カバーをつけるなんて、着飾っているでしょう(笑)。だから美笹局のパラボラアンテナは女性のイメージなんです。先日、NASAの研究者たちが美笹局にも訪れたのですが、現物を見た瞬間、『ビューティフル!』と。同じ仕事を担う者として共感してくれたのだと思ってうれしかったですね」。周辺の景色に対して真っ白な造形が美しく映える。ちなみにパラボラアンテナが白い理由は、太陽光の熱を反射するためだ。

パラボラのさまざまな表情



沼田氏の写真

沼田健二

深宇宙探査用地上局プロジェクトチームプロジェクトマネージャ
熊本県出身。これまで情報収集衛星システムの開発やJAXA全体のプロジェクトマネジメントなどの活動の取りまとめに従事。週末の水泳で気分転換。

内村氏の写真

内村孝志

深宇宙探査用地上局プロジェクトチームサブマネージャ
鹿児島県出身。これまでスペースデブリ地上観測システム、人工衛星の高精度軌道決定、CCSDS(宇宙データ通信システムに関わる国際標準化検討委員会)等の研究開発などに従事。好奇心旺盛のため趣味多数。

JAXA’s N0.81より転載。
過去の配信はこちらから

文=水島七恵 写真=内村孝志(JAXA) 監修=沼田健二(JAXA)、内村孝志(JAXA)

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