恐怖との闘いには、「感謝」がヒントになる
「消防隊員の試験には、21歳から受け始めて何度も落ち、日雇いのバイトをしながら26歳でようやく受かった。絶対にあきらめたくなくて」という内山隊長にも、恐怖やフラッシュバック、トラウマとの折り合いのつけ方を聞いてみた。
「部下にはとにかく感謝の気持ちを持ちなさい、といつも話しています。感謝こそが、恐怖やトラウマからわれわれを遠ざけてくれるからです」
1つ1つの現場にはもちろん不幸がある。家族の悲しみがある場合も多くある。しかし、消防人として「そこにいること」への感謝の気持ちを常に忘れるな──。これが、内山隊長が部下たちに変わらず託すメッセージだ。
「現場で経験することはわれわれにとって無二の財産です。だから部下には、凄惨な現場も含め、経験できることを幸運と思いなさい、と話します。その現場に立ち会わせてもらってありがとう、そういう気持ちを忘れてほしくない」
もちろん現地で活動しながら、感謝の気持ちが湧くかといえばそうではない。「ですが私の場合、事後に必ず、1人になった時に感謝の気持ちは湧いてきます」
内山隊長は「東京消防庁には強い使命感と高い誇りを持つ仲間が多くいる。消防の世界でも東京消防庁のような組織はない」という。「そんな中で自分の部隊が出場し、人の命に携われる仕事ができることは、消防人として貴重なことだと思うんです」。
人間の身体は、言ってみれば壊れやすい「有限の物体」、ときには切れたりつぶれたりもする。有限の生身である以上、物理的ダメージを受けることは絶対にあることだ。それはキャリア上、理屈でなく体で得心し得ている。「そのうえで、目撃、体験したことを心理的ダメージとして持ち帰ったり、トラウマにすることを避けていられたりするのは、この『感謝』のおかげだと思います」。
──野崎、内山2隊長に話を聞いて思った。日常と隣り合わせの「非日常」と考えていた現場への出動は、彼らにとって決して非日常ではない。それは「緊張の続く待機の24時間」の中に含まれるように存在し、すでに準備されている日常なのだ、と。
つまり、彼ら消防官にとって「不測の事態」は「不測」でなどない。それはもう彼らによって予測され、備えられた状況なのである。