では、出動のない待機の時間は、はりつめたメンタルのまま、どんな勤務をしているのか。
「日中はだいたい、災害を想定した訓練、あるいは災害に対する備えの作業、つまり、ホースや消防車両の整備、消火栓の水利調査などをしています」。大きな物などにはさまれて動けなくなった人を救助する際などにレスキューが使う消防ならではの機材、大きな油圧や空気圧を発生させる「資器材」の整備も、待機の時間の重要な任務のひとつだ。
消防における「緊急で重要なこと」は当然、火災などの災害である。だが、毎日何時間もかけて行う資器材の点検や反復して行う訓練を日々の業務の中で優先することこそが、実は消防官にとっての「目的の達成」につながる。これはまさに、冒頭のスティーブン・R.コヴィーが「第3の習慣」でいう、「緊急ではないが重要なことの高効果性に気づき、それを優先すること」と実に見事に合致するではないか。
東京消防庁 世田谷消防署 特別救助小隊長 野崎清文
そんな重要訓練を終えた夕方からは、デスクで事務処理など、さまざまな執務を行う。
火災が起きると必要になるのが「火災調査」だ。被災者に罹災証明が発行されるための調査書作成である。また署内での情報シェアのために、起きた災害の報告書類も書かなければならない。
「消防車の運転手を『機関員』というのですが、彼らをどう指導するかのマニュアルを書いたりもしますね。火災現場に到着する前に交通事故が起きることもある。そうならないよう、機関員の教育は重要です」
「心を病む」隊員も──惨事ストレスケアの取り組み
いま、消防の仕事には、コミックや映像の世界からも光が当たっている。テレビアニメ『炎炎ノ消防隊』(えんえんのしょうぼうたい)の原作である同名コミック(大久保篤作)が、既刊27巻で世界累計発行部数1400万部を超えるヒットを記録しているのだ。この作品は、火事で家族を失った過去を持つ主人公森羅日下部が、人々を救う「ヒーロー」を目指し、二等消防官消防士として特殊消防隊に配属されるという設定だ。
森羅は家族を失った火事のトラウマに悩むが、実際の消防士たちは、現場に向かう際の恐怖や事後のフラッシュバック、トラウマとどう闘っているのか。
東京消防庁では、惨事ストレスケア実施基準に相当する災害が発生した場合、職員の惨事ストレスケアとして、平成12年1月から、グループミーティングで「デフュージング defusing=一次ミーティング」、「デブリーフィング debriefing=二次ミーティング」を行っている。ともに、もともとは軍隊用のストレスケアの手法である。
デフュージングは、帰署直後、グループで心境を打ち明け合うものだ。いくつかのルール、すなわち、「発言を強要しない」「話した人に対して批判的なことを言わない」「記録を取らない」「外にもらさない」などがあり、各隊長がファシリテート(進行)する。
デフュージングの結果、心の傷が深いと思われる隊員には、デブリーフィング、つまり産業医など署内の専門家にケアを依頼する。