自己啓発書ともいえるこの本のなかで推奨されている7つの習慣のうち、1「主体的である」、3「最優先事項を優先する」、7「刃を研ぐ」が特に必要とされるのが「消防の現場」ではないだろうか。実際に企業研修などで、これらの「習慣」との関連で消防の仕事が言及されることもあるという。
コロナ禍をはじめとして、とくに予期せぬ事態が頻発する時代。突然に襲ってくる出来事に、われわれは正面からの対峙を余儀なくされる。そして消防の仕事に携わる人たちは、常日頃からこのような不測の事態に備えているといってもよい。火災という日常と隣り合わせに存在する「非日常」に対して、彼らはいかに日々「刃を研いで」いるのか。
また目に見えぬ不断のプレッシャーの下で働く彼らは、凄惨な火災現場に遭遇した後、どんな方法で精神的な傷を癒しているのだろうか。──コロナ禍下で暮らす私たちが、彼らの「習慣」から学べることは少なくないかもしれない。
東京消防庁管轄の世田谷消防署を訪ねた。
特別救助隊は400人が受験、合格は50人程度
東京・世田谷区、世田谷消防署の特別救助小隊長である野崎清文は、レスキュー(救助活動)を指揮するリーダーだ。
レスキューは、消防署のなかでも重要にして、とりわけ危険な仕事だ。それだけにレスキュー隊(特別救助隊)は、消防署の中でも狭き門として知られる。年に1度行われる入隊試験の受験資格は「入署後、実務経験1年」。実技、面接、体力試験を含む考査にパスする必要がある。毎年400人が受験し、合格は50人程度というハードルの高さだ。
「合格すると1カ月間、ハードな実科訓練を含む研修を受けます。座学には、エレベーター会社によるエレベーターの構造、東京電力による電気システムの講義などもあります」
隊長として野崎は、隊員たちが安全に活動できるようなポジションに立ち、全員の活動を加減(チューニング)する。むろん、部下の安全管理も重要な仕事だ。「とにかく部下と一緒に動かない。心情的にも位置的にも、つねに『見渡す』ことを徹底しています」。
勤務の日は「24時間ずっとはりつめている」
消防官のシフトは、24時間当番が1日、その翌日と翌々日は休みという。野崎隊長に、「待機」と「有事(消防活動)」が予告なく入れ替わる当番日におけるメンタル面の切り替えについて聞いてみた。「メンタル面では、24時間勤務の間、ずっとピンとはりつめている」という答えが返ってきた。
基本的に出勤したら片時も「リラックスはしない」。ずっと緊張しているし、出勤する瞬間から「今日は(火災現場への出動があって)一睡もできないかもしれない」という覚悟でわが家の敷居をまたぐ。
そのぶん、非番の日はとにかく「何も考えない」を徹底する。「それが、いざという時に心にゆとりを持ち、力を発揮するための唯一の策なので、部下にもそれだけはいつも徹底して教えています。頭を真っ白にする時間の作り方は人それぞれなので、そこまでは指示できませんが」。