ミッテラン、サルコジ、オランド、マクロンら歴代のフランス大統領の政策顧問を務め、欧州復興開発銀行の初代総裁も務めたアタリ氏であるが、欧州最大の知性とも称されるアタリ氏に、彼の提唱する「ポジティビズム」(積極主義)について訊いた。
彼は「私の提唱する『ポジティビズム』は『オプティミズム』(楽観主義)とは違うものです」と語り始め、次のような喩えを述べた。
「例えば、サッカーの試合において、観客として、自分の好きなチームが勝つだろうと思うのは、オプティミズムですが、ポジティビズムとは、自分がそのチームの選手として、いま負けていても、必ず勝てると信じ、力を尽くすことなのです」
誰にも分かる喩えであるが、筆者は、その言葉の力強さから、彼のこの思想の背後には、単なる知識人として「傍観者」的に振舞うことを拒否する「変革者」としての彼の精神があることを感じた。
アタリ氏がそうした変革の精神を持つ理由は、彼が1943年生まれであることを考えるならば、彼の学生時代、1968年にフランス全土を覆い、世界中の学生運動に影響を与えた「五月革命」を経験したからであろう。そして、おそらく、当時、世界の思想界で巨大なカリスマであったフランスの哲学者、ジャン・ポール・サルトルの「実存主義」(Existentialism)に影響を受けたからであろう。
そのことは、彼が筆者との対話において「死に向き合うこと」「命の儚さを考えること」の大切さを熱く語っていたことからも推察される。
筆者もまた、『運気を磨く』や『すべては導かれている』などの著作において、同様の思想、「死生観を定めること」「いまを生き切ること」の大切さを語ってきたこともあり、単なる“未来学者”とは違い、「覚悟」と呼ぶべき人生観を語るアタリ氏に、深い共感を覚えた。
しかし、同時に、彼の語る「ポジティビズム」に深い賛同の意を述べながらも、筆者は、この言葉には、さらに深い意味があることを述べた。
すなわち、真の「ポジティビズム」とは、人生において起こる出来事を「ポジティブな出来事」と「ネガティブな出来事」に、二項対立的に分け、そのポジティブな出来事だけが起こることを望むという心の姿勢ではない。