3年半の準備を重ね、独立
嶋田は、関西電力の出身だ。同社では新規事業を担当する部署にいた。大手企業で安泰な人生が待っているはずなのだが、彼は少々違っていた。
「電力会社なので電気自動車に関する事業に取り組んでいましたが、ずっと何かが違うと感じていました。胸の熱くなる、全く新しいことができないのかと。すると、子どもの頃にゴミ収集車などの業務トラックに掴まって人が乗っている風景が蘇って来ました。あの『楽しそう!』という感覚です」
今では見られない光景だが、確かに、彼らに許された(許されてはいないだろうが)特別な「乗り方」だ。嶋田にとってのこの思い出は、iinoを手がける強いきっかけになっている。
「おもしろいこと、新しいことを、自分たちの手で生み出していきたいんです」
そして普段通り仕事をこなしながら、業務の外で仲間とともにアイデアを出し合った。これだ、と思ったものをさまざまな業界の人に提案し、おもしろいと手応えをもらう時もあれば、関西電力の社員だったために、名前を使って営業していると思われることもあった。それが時には社内外でハレーションを起こすこともあったという。
仲間と世界観をつくる作業は、3年半に及んだ。そして、自分たちを育ててくれた関西電力の投資委員会へ持ち込んだ。認められ、ゲキダンの立ち上げ(起業)となる。
「今もその時に使っていた倉庫が毎日の職場です(笑)。劇団員たちが劇団の舞台をつくっているような作業場です」
スローな乗り物がつくる、ほかにはない世界
このiinoは「車」ではないため現時点では公道を走れない。もし車にするならシート、シートベルト、覆い、指示器など、あらゆるパーツの設置が必要で、文字通り本当の車になってしまう。
「車と共存するつもりはないので、そこに寄せていくことに興味はないです。ただ、パブリックな場所への異なるモデル・車両区分での走行を見据えて、現在も関係省庁と協議を重ねています。また、トヨタのウーブンシティのように、これまでの価値観とは異なるモビリティが走る都市ができていくでしょう。それよりも、時速5km以下の価値にこだわり抜き、それを伝えていきたいんです」
今回、取材した場所は、映画のロケ地としても有名な「若竹の杜 若山農場」。栃木県宇都宮市が嶋田らに紹介した場所で、日本一美しい竹林としても名高い場所だ。(宇都宮市は街をあげてスマートシティ事業や観光事業に取り組んでおり、嶋田らの提案に賛同し、様々な協力があったという)
ここは私有地であるため規制はなく、また、嶋田の言う世界観を表現できる最適な場所だった。