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A地点からB地点までを、高速で、快適に移動することをクルマ業界ではグランツーリスモという。車種名に頭文字の「GT」とついているものはそのコンセプトを持ち少し値段も張る。人がモビリティに求める重要なテーマのひとつだが、乗り物で移動するのは利便性や速さだけではない。

速さを捨て、目的地を忘れ、移動空間自体をテーマにした新しいモビリティがある。「iino(イイノ)」という低速が特徴のその乗り物は、新しい価値観を私たちに提示してくれた。

特集 やめるを決める

世界観をつくる移動体


「時速5km」の世界にこだわる男がいる。電気を動力とした四輪のモビリティiinoを運用する、ゲキダン イイノの嶋田悠介だ。会社名に劇団とあるが、れっきとしたモビリティ企業だ。

「仲間とともに、ひとつの世界観を創り上げる、その意味から『ゲキダン』にしました」

嶋田の言う世界観とは、もちろん「時速5km」のことだ。彼らのつくるiinoは、人を乗せて運ぶのはもちろん、その車上で寝転がったり、お茶を飲んだり、自由な空間を持つ乗り物だ。時速5km以下で移動することにより、特別な世界をつくり出す。



この「時速5km」というキーワードが、なにより重要なのだと嶋田は教えてくれた。

「クルマ制作の試験段階で、ある大学構内を走らせました。ゆっくり移動しているので学生たちに自由に乗り降りしてもらったんです。その感想は移動を助ける利便性に関することではなく、『こんなところに緑がいっぱいあったっけ?』とか、『なんか、ぼーっと空を眺めました』という言葉でした。コーヒーを片手に乗った人は『いつもより美味しく感じる』って、ほんとに? みたいな感想も出てきたんです。実は、5km以下で動いているということが、この感覚を生み出しているんです」

試験段階の初期では、移動が実感できるジョギングくらいの速度「7〜8km」でも実施した。すると、何かに掴まっていないといけないという心理が働くのだという。カーブでは遠心力も感じられるそうだ。

嶋田悠介の写真
嶋田悠介|ゲキダンイイノ合同会社/座長。関西電力の経営企画部門にて経営管理、中期経営計画策定業務に従事後、イノベーション専門組織を立ち上げ、イノベーションのエコシステム構築を担当。2020年2月にゲキダンイイノ合同会社を立ち上げ、同年10月に2種類のiino(type-S、typeR)を発表。

「ある移動体が歩く速度かそれ以上でこちらに向かってきたとすると、人は、無意識によけなければと感じてしまう。しかし5km以下であると、それを恐れないことも実験からわかりました。共存性と呼んでいますが、移動する物体と人が共に存在できれば、それはさまざまな場所で運用できる可能性を持つことになるんです」

試験段階から何千回も安全性を検証し、プロトタイプを制作。あらゆる場所で「5kmで動く乗り物の空間」をつくり出した。

「人が乗って、ゆっくり動くなら、その上ではなんでもできる。大阪城を借景にした“お茶室”を試みたこともあります。試行錯誤を繰り返すと、『5km以下の価値』が見えてくるのです」

文=坂元耕二 写真=坂元耕二(人物)、ゲキダンイイノ(車両)

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