「これまでずっと頭にあったいろいろなテクノロジーを、全部鏡に入れればいい。そう思ったんです」
パットナムは安物のタブレットを使い、試作品を自宅のキッチンで作り上げた。それは1枚の鏡と、自作PCマニアがよく使う安価な小型コンピュータ「ラズベリーパイ」からなるものだった。
試作品が改良され資金調達が可能になったころ、彼女は妊娠7カ月に入っていた。
「何人もの起業家からこう言われました。『ここまでやったのはすごいと思うけれど、否定的な反応しか返ってこないと思うよ。投資家は単独創業者を支援したくないものだし、ましてやそれが女性で妊娠7カ月となれば、なおさらね』と」
だが、彼女は待ちたくなかった。レラー・ヒッポーから創業資金の出資に関する合意を取りつけた16年11月15日は、息子が生まれた日だった。
技術者ではないからできたこと
パットナムは数人のチームを組み、彼女の自宅のキッチンテーブルで事業計画を立てた。エンジニアをスタッフに加えてシェアオフィスに待機させ、製品のテストに関しては、パットナムが試作品を早い段階でリファインのスタジオに持っていき、常連客の意見を聞いた。
パットナムは、自分に技術面の専門知識がないことがかえってよかったのだと言う。おかげで、完璧な製品をつくり上げようとする代わりに、顧客から見て気になる問題点の解決に注力できたからだ。彼女が重視したのは、ミラーの奥行きを2.5cm以下に抑えること、枠なしの鏡のような見た目にすること、鏡に送られてくる映像と鏡に映る利用者の姿がバランスよく見えるようにすることだった。
「使う人にとっては、鏡は壁掛けタイプなので裏側がどうなっているかなんてどうでもいいし、鏡の重さが30kgから20kgに変わっても気にしない。そこは譲りませんでした。だから会社として、事業の開始時期やコスト、品質面で、的確な判断を下せたのです」
2年間の設計期間を経て、パットナムは18年9月に製品のミラーを発売した。
発売から3カ月後、パットナムは義両親の家でクリスマスを過ごしていた。パットナムがその日のことを回想する。
「別の部屋から、いとこの叫び声が聞こえたんです。シンガーソングライターのアリシア・キーズが、家族にミラーをプレゼントされたときの様子をインスタグラムに投稿したって!」
程なく、女優のリース・ウィザースプーンやグウィネス・パルトロウら有名人が、次々にユーザーとなる。パットナムは彼らの名前を使って、ミラーがセレブのお墨付きを得たことをアピールした。
左から、女優のサラ・フォスター、ケイト・ベッキンセール、パットナム(Getty Images)
「事業が軌道に乗ったのは、セレブ界の独特のつながりのおかげでした。発売直後の注文リストには有名人の名前がズラリと並んでいて、驚いたものです」