パットナムも会社も、具体的な数字の公表はかたくなに拒んでいるが、予測では、19年の売上高は4500万ドル、今年は1億ドルを超える見込みで、そのことはパットナムも認めている。ミラーへの注目度が明らかに高まるなか、今では彼女自身も、来年の早い時期に会社が黒字化するだろうと述べている。
ミラーは昨年10月に実施した直近の資金調達で3400万ドルを獲得し、企業評価額は3億ドル弱となった。単独創業者であるパットナムの保有資産額は最低でも8000万ドル(今年6月29日にヨガブランドのルルレモンが買収を発表した後は1億3000ドル超)と見られる。
だが、彼女の挑戦はさらに続く。次の目標は、ミラーをコロナ禍での一時的な流行では終わらせず、新たな日常のなかに定着させていくことだ。
バレリーナ、テック起業家になる
ブリン・ジネット・パットナムは、弁護士の父と専業主婦の母という両親のもと、マンハッタンの高級住宅街アッパーイーストサイドで育つ。3歳のときにダンスを習い始め、7歳でバレエの名門校に入学。ニューヨーク・シティ・バレエ団での初舞台は「ニューヨーク・タイムズ」紙に写真入りで取り上げられた。
踊り手のなかには踊り一筋の人もいれば、ほかのことにも興味を持つ人もいる。パットナムは後者だった。
「父には、実生活で役立つ技術を身につけるといいと進言されていました」
そこで彼女はハーバード大学に進み、ロシア文学とロシア文化を学んだ。
卒業後、公演ツアーがないときはニューヨークで、バレエやシェイプアップエクササイズのレッスンを受け持った。当時は特定のトレーニングに特化した、ブティックスタジオといわれる小規模型ジムが急増しており、手っ取り早く生活費を稼ぐことができたのだ。
バレリーナを引退したのは10年前。今度は自分のブティックスタジオをオープンさせようと考えた。
当時手元にあった貯金は1万5000ドル程度。彼女はマンハッタンを散策しながら未公開物件を探してまわり、10年にブティックスタジオ「リファインメソッド」をオープンした。
ただ、そのレンタルスペースは、標準的なフィットネス設備を置くには広さが足りなかった。そこで彼女は夫の協力のもと、急場しのぎの解決策を編み出した。
夫は新興フィンテック企業Quovo(のちにプレイドが買収)の共同創業者にして、ボストンの名門一族の出で、ヨットを趣味にしていた。2人がつくったのはヨットの滑車とエクササイズバンドをいくつも組み合わせた装置。壁付け式のトレーニングマシンとして使うことができ、45cm四方ほどのスペースがあれば筋力トレーニングができる。彼女に言わせれば「まるでSM部屋」だったという。
リファインメソッドが利用者に好評だったことから、パットナムはスタジオを小規模チェーン化した。だが、16年の妊娠初期のときに重いつわりに悩まされるようになると、ジムでのワークアウトに魅力を感じなくなった。
当時はペロトンが急成長していたが、自宅にフィットネスバイクを置きたくなかったし、試しに使ってみたペロトンのコンテンツも彼女の好みではなかった。その後、スタジオを改装して鏡の数を増やしたことが、常連客から非常に好意的に受け止められたとき、彼女にひらめきの瞬間が訪れた。