それだけではない。主要株主の得意分野と連携し、将来的には、IT、ファッション、エンターテインメントといった分野も視野に、東京ヴェルディを「イノベーションハブ」に育てる目論見を描く。「バルセロナやアーセナルといった“クラブを超えたクラブ”は、すでにそこまで達している」とは、羽生の現状分析だ。
このように大きな方針転換にあたっては、異なる価値観を「束ねるもの」、それを「伝えるもの」が必要になってくる。その武器に採用したのが、デザイン戦略であり、長期にわたって基盤となる強固なVI(ビジュアル・アイデンティティ)システムだ。
クリエイティブセンター長の熊本浩志が中心となったリブランディング計画では、世界的アートディレクターであるネヴィル・ブロディを起用した。
熊本がブロディに伝えたのは、サッカークラブ経営からブランドビジネスへかじを切る計画の一環であること。加えて、半世紀の「伝統」と「東京のブランド」を表現したいという点。熊本は、「都市のブランドに紐づく世界的なクラブは多い。例えばマンチェスター・ユナイテッドは、グッズ売り上げの半分以上をアジアで稼ぐ。一方、日本のスポーツチームはアウトバウンドの収入は皆無。海外から見た『東京』を表現することが重要と考えた」と語る。
折しも2020年は新型コロナウイルスの影響で、世界における都市のブランドは疲弊した。オリンピック・パラリンピックが延期となった「東京」はさらに傷ついただけに、ヴェルディによる挽回の機会を期待したくなる。羽生は「通常は年間18〜19億の売り上げだが、今年は3〜4億の減収見込み(2021年1月期)で、決して小さな数字ではない」と言う。脱・単一競技のブランドビジネスへの転換は、多様性からなるエコシステムを生み出し、クラブの持続可能性を高める。コロナ禍の逆風に吹かれながらも、東京ヴェルディは次の50年に向けて着実に歩を進めていく。
羽生英之◎JR東日本に入社し、東日本JR古河サッカークラブへ出向、現ジェフユナイテッド市原・千葉の立ち上げに関わる。その後Jリーグ事務局長を経て、2010年東京ヴェルディの社長に就任。