デジタル分野を加速する力学
ITが広く普及している現在、他にもムーアのような法則がないのだろうか?
そういえばインターネットの回線速度が劇的に早くなっていることに気付く。1980年代にパソコン通信などで電話を使ってセンターにアクセスするには、音響カプラーという信号を音に変えてピーピーザーザー鳴りながら通信する装置を使っていたが、その速度は毎秒300ビット(bps)しかなかった。
音響カプラー(Doug McLean / Shutterstock.com)
その後はモデムを使うことで1200→2400→9600bpsと高速化し、2000年あたりにはブロードバンド回線が普及して100万bps、つまりMbpsの回線が出現し、いまではその千倍のGbpsへと達している。こちらも40年ほどの間に、1000万倍規模の進化を遂げている。
デンマークのネット研究者ヤコブ・ニールセンは、これらを並べてみて年率50%で高速化していることを指摘し、1998年にこれがニールセンの法則と呼ばれるようになった。これはムーアの法則の成長率より10ポイント低いが、ニールセンは通信会社が保守的で、利用者が速度にお金を払いたがらず、新規利用者の拡大が足を引っぱっているせいだと考えている。
また経済学者のジョージ・ギルダーは2000年に出版された『テレコズム』で、このペースが半年で倍化すると述べており、これはギルダーの法則と呼ばれたが、少々成長率を大きく見積もりすぎており、実際の変化を検証してみるとニールセンの法則に近い。
また類似する傾向には太陽光パネルの価格低下を指摘する声もある。1980年にキロワット時あたり1.2ドルだったものが、1990年に0.5ドル、2000年に0.25ドルとゆるやかに下がってはいるがムーアの法則のような指数的な変化ではない。
こうして見てくると、ほとんどは半導体の集積回路の集積度や、それを使った通信の速度が劇的に向上しているという話になり、デジタルがらみの情報分野でしかないようにも思える。
生物物理学者のロブ・カールソンは、1980年からのDNAの配列決定や遺伝子合成の塩基対あたりのコストが10年程度で10分の1になる傾向を指摘しており、本人はムーアの法則とは無縁だと主張しているが、こうした操作を可能にするコンピューターの性能が向上していることがこの傾向に拍車をかけていることは間違いないだろう。
こうした傾向はおおざっぱに見積もってみると、基本的な指標が約15年で1000倍向上しており、歴史的なコンピューターの歴史を通観してみると、この周期でかなり大きな変化が起きている。
大型電子計算機(メインフレーム)は1950年頃から市場に出始め、それから1965年頃からミニコン、1980年頃にパソコン、1995年頃にモバイル、2010年頃のウェアラブルと、ムーアの法則のおかげでサイズが格段に小さくなる(ダウンサイジング)のと同時に、性能も向上している。
メインフレームと利用者の距離は、最初は100mのレベルだったが(会社のどこかに1台というレベル)、ミニコンになると10m単位(同じ階や部署にある)、パソコンは1m(いつでも机にあって手の届く範囲)となり、モバイルに至っては10cm(ポケットやカバンの中)、ウェアラブルは1cm(身に着ける)となり、10分の1になっている。
この大雑把な傾向を「法則」とでも呼びたいところだが、ウェアラブルの次はマイナス1cmの体内埋め込み型のコンピューターも開発されており、脳に埋め込まれたチップで何かをしたいと思うと自動的にそれがコマンドになって、IoT機器などを「念力」操作できる世界がやってくるかもしれない。