倍々ゲームの不思議な法則
世界初のIBMの大型電子計算機用のHDD(1956年)は、5MB程度で毎月3200ドルのリース料(円換算115万円で、現在の2000万円程度?)がかかったが、メモリーは磁気コアで2KB(16ビットの1024ワード)の時代だった。
そしてパソコンが出始めた1980年代には、ビジネス用マシン(IBM PC)のメモリーは256KBと格段に大きなものになった。当時ビル・ゲイツは、「メモリーは640KBを超える必要はない」と断言していたが、現在は10TBのものまである。これもほぼ4000万倍に増えた計算になる。
その時代に10MBのHDDは、たとえ現在の3000万倍の値段だったとしても、メモリー容量のレベルに対して十分な記憶装置だったろうし、実用に耐えるものだったのだろう。
HDDメーカーのシーゲイト社のマーク・クライダーは、ハードディスクの記録密度は13カ月で倍化し性能当たりの価格が年率40%で下がっていると主張し、これはクライダーの法則と呼ばれるようになった。
こう聞いてまず思い浮かぶのは、半導体の集積密度が18カ月から2年で倍になるというムーアの法則だろう。これは年成長率60%に相当する。おかげで半導体メモリーも激安化し、先日買った激安USBメモリーは2TBが約4000円でHDDより安かった。
ムーアの法則はインテルの創業者のゴードン・ムーアが1965年の論文で示した、いわば経験則だ。当時の業界ではすでにこういう傾向があることを主張する声もあったが、彼が定式化することで一気に法則として広まった。当初は「信じるか信じないかはあなた次第」な都市伝説扱いだったが、その後も半導体の集積度はほぼこの法則に従っていて、いつかは限界が来ると何度も言われてきたが、いまだに効力を発揮し続けている。
またこれに関連すると思われる法則を、ワークステーション市場を席巻したサン・マイクロシステムズの共同経営者ビル・ジョイが1983年に提唱している。コンピューターのプロセッサーの最大性能は毎年倍増するというもので、これはムーアの法則より急速だ。
結果的にここ半世紀以上、ムーアの法則ほど確実に実効性を示した法則も少なく、AIがいずれ人間の能力を凌駕するとするとシンギュラリティー理論を主張するレイ・カーツワイルも、その論拠はこの法則に置いている。さらに彼はこの法則を価格当たりの計算速度に読み替えて拡張した「収穫加速の法則」を唱え、未来にも限界はないと主張する。