著者のアナンド・ギリダラダスに、エリート層による慈善事業の可能性と課題について聞いた。
──エリート層が慈善事業に取り組む現状に疑義を呈していますね。
米国社会が抱える大きな矛盾に気づいてのことだ。裕福で権力をもつ人々や企業がかつてないほどの額を寄付している。他にも、社会貢献活動にESG投資、SDGs(持続可能な開発目標)……。現代の米国エリートは、驚くほどの親切心と社会的関心を持ち合わせている。その反面、深刻な経済格差が生まれ、政治・経済・文化・富が特定の階層に牛耳られている。そして、このいずれの場合も当事者が同じ人たちだったりする。
──積極的に慈善事業に勤しむ傍ら、自分たちの既得権益を堅守している、と?
まず、これらの関係性について考える必要がある。一つは、エリートの慈善事業が実際に世の役に立っている可能性。つまり時間はかかっているが、世界を前進させているというもの。だが私は、別の可能性もあるのでは、と疑うようになった。じつは「勝者総取りのシステム」が存在し、未来を独占できる“勝者”がいる、というものだ。
──著書内で「マーケットワールド」と呼ぶコミュニティと概念のことですね。
マーケットワールドとは、自らの“善行”を通じて「世界をより良くしたい」と願うエリートの一群のことだ。ただ、それは自分たちの社会基盤を変えずに、という注釈つきだ。
──自身の成功体験をもとに、慈善事業に取り組む経営者が増えています。
経営者のなかには、「優秀なビジネスパーソンであれば、どのような問題にも取り組む資格がある」と思い込んでいる人々がいる。もっと深刻なのは、これらの社会問題を解決しようとしている人たちが、じつは問題を起こした当人だったりする点だ。
──マッチポンプですね。非営利セクターの関係者は幻滅し始めているのでは?
NPOの関係者は資金を集める必要があるから、声を上げられない。彼らは、寄付する人々と、そもそもの問題を引き起こしている人々が同じであることに気づき、その事実にジレンマを覚えている。
──それでも“慈善事業家”は増えている。
世界的に、起業家を全知全能の神のように崇める傾向がある。それと、ビジネスや起業で用いられる方法論が、他の分野でも役に立つと考える潮流がある。少なくとも米国では、ビジネスの哲学や価値観が、他の価値観を飲み込んでしまったようだ。
──ビジネス関係者にできる慈善事業とは?
最善の慈善事業は、自らが利益を享受しているシステムを変えるよう訴えることだろう。それに、企業はそもそも慈善事業に最善を尽くす必要などない。彼らができる最大の善行は、社会に害を与えないことだ。
アナンド・ギリダラダス◎作家・ジャーナリスト。米紙「ニューヨーク・タイムズ」の元海外特派員・コラムニスト。著書に『Winners Take All: The Elite Charade of Changing the World』(未邦訳)など。