官房長官と首相の芸風の違い

自由民主党の菅義偉新総裁と安倍晋三前総裁 / Getty Images

安倍晋三首相の辞任を受けた自民党総裁選。下馬評通りに、菅義偉官房長官が14日に行われた自民党総裁選で圧勝し、次の首相の座を射止めた。菅氏の名声を高めたのは、2012年末から8年近くにわたって続いた安倍政権での安定した政権運営能力だ。だが、総裁選では、「名官房長官、必ずしも名宰相たらず」ではないかと危ぶませる姿もみせた。果たして、菅氏は歴史に名を残す総理になれるのだろうか。

菅氏が危さを見せたのが、8日夜のTBSの報道番組での発言だった。菅氏は 「自衛隊の立ち位置というのが、憲法の中で否定をされている」と述べた。9日午前の記者会見で、この発言の真意を問われると、「若干、言葉足らずだったため、誤解を招いたかもしれない。憲法に違反するものではないというのが政府の正式な見解だ」と訂正した。政府は自衛隊について合憲との立場を取っているからだ。

菅氏は11日、将来的に消費税率を引き上げる必要があるとした10日夜の自らの発言について、従来の政府方針を逸脱するものではないと釈明した。

少なくない永田町・霞が関の関係者は、一連の菅氏の訂正発言に驚いた。菅氏こそ、8年近く続いた安倍政権下で、1日2回の官房長官会見を無難にこなした人物だったからだ。日本のキャリア官僚の1人は「我々にとって一番困る官房長官とは、面白い話を要求する人だ」と語る。

官房長官秘書官の朝は早い。午前4時くらいには起きて、主要紙の朝刊すべてに目を通す。「これは午前11時からの会見で質問が出るな」と思ったニュースをみつけると、すぐその担当官庁に連絡を入れ、応答要領を作るよう指示する。その要諦は、官房長官会見が契機になって政治的な混乱が起きないよう、とにかくニュースにならない平穏無事な、言い換えれば「つまらない応答要領」を作るというものだ。「特にコメントはありません」「従来の政府の立場そのものであります」といった回答がベストアンサーだ。

官僚にとって、一番手に負えない官房長官とは、「こんなつまらない内容で国民が納得すると思うか。何か面白い話はないのか」とご下問するタイプだ。こんな人にかぎって、官房長官会見で政権運営が立ち行かなくなるような舌禍事件を起こす。その点、菅官房長官は平気で、「木で鼻をくくった記者会見」を演じることができた。

菅氏は、1日2回の記者会見が、自分にとって勝負どころとは思っていなかった。自分の勝負する場所は、政策のとりまとめであり、永田町の荒波をかき分ける政権運営であって、記者会見の場所ではなかった。霞が関官僚の一人は「我々にとって、一番良い官房長官会見とは、ニュースにならない会見を意味する。菅長官は最高の官房長官だった」と語る。
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文=牧野愛博

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