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2020.08.17 20:00

恐怖とエロティシズム、泉鏡花と「妖怪コロナ」|妖怪経済草双紙 #3


妖怪のエロチシズム


井上博士や柳田先生が活躍した近代日本で、怪談、奇譚の最大の巨人は、泉鏡花だったと思います。ご存じ、『高野聖』。高僧が、自分の修業時代の飛騨山奥での怪異な体験を語る。人里遠い孤立した家に棲む、美しいプチ熟女の妖怪との遭遇譚ですね。彼女は男をかどわかし、関係した男を蟇蛙や猿、馬などに変えてしまう。物凄く怖い話。なにせ魅力的な女性に下心のない男なんかいませんから、いつ蟇蛙にされてしまうか、やま蛭に変えられちゃうか、でも男たちはそれで幸せらしい。

鏡花の表現の何ともロマンチックで耽美的なこと、いや、強烈にエロチックであります。飛騨山中の岩上の水浴び場で、プチ熟女妖怪が若い僧の帯を、背中からするすると取って全裸にします。もちろん若僧は女性体験など皆無。

彼女は、片袖を前歯で引き上げ、玉のような二の腕を背中に乗せた。そして、自らも着物を脱ぎ捨て水を浴び、僧の耳元に息を吹きかけながら囁きます。「お側にいて汗臭うはござんせぬかい…今時は毎日二度も三度も来てはこうやって汗を流します…貴僧(あなた)、お手拭」。
(斜体部は泉鏡花『高野聖』より引用)

そういえば50年ほど前、日活映画の『高野聖』。主演はロマンポルノの星、と謳われた田中真理さんでした。

そう、妖怪の重要ファクターがエロチシズムだと思います。鏡花の他の作品、義血侠血や外科室、化銀杏、歌行燈なんか、残虐エロの極致だと思います。鰭崎英朋画伯に『蚊帳の中の幽霊』っていう絵がありますが、僕はこの幽霊なんか、鏡花の『眉かくしの霊』を具象化したように感じます。文士、画家、音楽家たちが蝟集して盛り上がった、深夜の怪談会、百物語のなかにも、恐怖とエロスがゴブラン織りのように交錯するお話がたくさんありました。

昨今、コロナの脅威が吹き荒れる中、艶めいた「夜の街」に繰り出す人々が後を絶たない。クラスターを次々に発生させているのに、です。コロナはまさに、今ここにいる妖怪です。正体がよく分からず、何をしでかすかもはっきりしない、なにより対策が不明です。妖怪と同じ。とにかく出現する場所に近づかないこと、みんなお互いに体内に潜んでいるかもしれない「コロナ妖怪」を拡散させないように、マスクをして、三密を避けるしかない。全くもって妖怪対策と一緒ではないですか。よって町中にマスクで顔が隠れた「口裂け女」、「口裂け男」が溢れているわけです。

なのに、あえてノーマスクで密な関係を作ろうとする人々がいるんですよね。妖怪に対する怖さより、妖怪の持つエロに惹かれてしまうんでしょうか。皆さん、蟇蛙やゴキブリにされちゃうかもしれませんよ。いやいや命をも取られかねない。

でも抵抗できない存在。それが妖怪なんですね。ああ、若くなくて良かった。「夜の街」には無縁。妖怪にも無縁……。

連載:妖怪経済草双紙
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文=川村雄介

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