このときの発表では、どのように実現するかについても、ある程度の各論も示された。
まず、あまり知られていないのだが、アップルはすでに、世界中の自社オフィス、アップルストア、その他事業所の消費電力を「100%再生可能エネルギー」にしている。事業オペーレーションだけでなく、アップルのMUSIC、Apple TV、アプリなどのIT関連サービスで使われている電力も、すべてCO2の排出量をゼロにしている。
しかし、これだけでは、バリューチェーン全体のCO2をゼロには到底できない。なぜならば、アップルの製品の部品製造や組立はすべて「他社」で行われているからだ。
CO2排出量全体の74%を占めているのは製造工程だ。そのため、アップルが主導して「サプライヤー省エネプログラム」を展開。2019年には92社が参加し、合計で年間78万トンのCO2を削減。電気代のコスト削減にも成功した。
アップル向けの部品や組立を手掛ける中国のサプライヤーに対して、再生エネルギーへの転換を要求し、1億ドルの省エネ投資を行うという気合いの入れようだ。さらに、CO2の排出量が多い素材のアルミニウムに関しても、素材メーカーの2社が開発する世界初の二酸化炭素排出量フリーの精錬工法を支援している。
しかし、これでもまだCO2はゼロにはならない。iPhoneやMacには、プラスチック、アルミニウム、ガラス、銅、レアアースなどの原料が膨大に使われており、原料資源の採掘でも大量のCO2が出るからだ。
そこでアップルは、2017年に、製品の原料をすべてリサイクル素材にするという目標を決めた。その翌年には、MacBook AirとMac Miniでは、アルミニウムを全量リサイクル素材に転換し、スズも11製品ですべてリサイクル素材に換えた。
さらに、コバルトについても転換し、2019年には、iPhoneで使われている振動モジュール「Taptic Engine」のレアアースも、同様に全量をリサイクル素材に切り替えることに成功した。
いまでは、Taptic Engineの廃品を解体して原料を回収する機械まで開発し、工場に導入している。プラスチックの再生素材の割合はまだ38%に留まっているが、これも含めて、すべての素材を2030年までにリサイクル素材に切り替えることができる見通しだ。
「環境重視」こそが、アップルの未来を左右する
こうした環境重視の施策は、製品のイノベーションとは無関係に思えるかもしれない。消費者は製品の機能と性能を求めているのであって、素材が再生素材かどうかは気にしないだろうし、そもそも目に触れない製品内の部品がどうなっているかは知る由もない。
だが、クックCEOがイノベーションを起こすためと伝えたように、これらはアップルの未来に必要なイノベーションになってきている。それはなぜか。
1つの理由は、資源調達の難易度がそもそも上昇しているからだ。
デジタル化や電気自動車化などが進むことで、これからますます電気部品に必要な素材の獲得競争は激しくなる。さらに供給側を見ても、環境や人権意識の高まりによって資源開発プロジェクトが頓挫したり、政治的なリスクによってレアアースの調達が滞ったりすることが予見される。
よって、いつまでも資源の調達を鉱山に頼るわけにはいかず、廃品から資源を回収したほうが調達の安定化に繋がる。もちろん、回収やリサイクルにはコストが発生するが、この回収やリサイクルを効率的に実現する技術やスキームを生み出せば、アップルの優位性は揺るぎないものになる。ここに大きなイノベーションの需要がある。