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公民権運動を記念した彫刻の一部(鎖でつながれたアフリカ系の男女と子どもが形象されている。今回の撤去運動の対象像ではない。Getty Images)

アメリカ・ミネアポリスでの黒人男性ジョージ・フロイド殺害事件からもうすぐ1カ月が経つが、抗議デモ以外にも今、じわじわと広がるムーヴメントがある。全米各地で見られる、歴史的人物の彫像撤去の動きだ。

たとえば6月21日には、ニューヨーク、アメリカ自然史博物館にあるセオドア・ルーズベルト元大統領の銅像が撤去されることになった。大統領がアメリカ先住民とアフリカ系の人物を従えて馬に乗っている像だ。「植民地主義の象徴だ」など、像をめぐる議論は以前から行われていた。

その他にもフィラデルフィアでは南北戦争の時代、南部連合の軍司令官を務めたロバート・エドワード・リー将軍像の撤去が決まったし、黒人を弾圧したフランク・リッツォ元市長の銅像も標的となっている。またボルティモアでもリー将軍、そしてやはり南部連合の軍人であったトマス・ジャクソン将軍の像が撤去された。

「暴力の遺産」としても捉えられるこれら「象徴」撤去の動きは、世界の歴史や私たちの記憶にどんな影響を与え得るのだろうか。

アメリカ現地から「アメリカの今」を日本語で伝える活動を続けるジャーナリスト、エッセイスト、洋書書評家、翻訳家の渡辺由佳里氏は今年1月、米国の歴史家でアクティビストであるレベッカ・ソルニットによる著書で、全米図書賞ロングリストに選出された『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店刊)を翻訳した。

渡辺氏はじめ関係者の全面的な協力を得たため、本書中の「記念碑をめぐる闘い」から以下、抜粋転載で紹介する。


街は、道をさまよい歩くことで読む本であり、どの版の歴史を支持して、別の歴史を抑圧しているのかを知る文章でもある。

自分が誰であり、何であるかによって、自己のアイデンティティは肥大したり、萎縮したり、自分を重要に感じるか、取るに足らない存在と感じるかが決まる。ニューオリンズにある南軍の記念碑について話し合うために、その市に住む弁護士兼作家のモーリス・カルロス・ラフィンに電話した。そのときに彼は「これらの彫像は──多くのものは物質的には美しいのですが──白人は人間だがそうでない者は人間ではない、と主張しているのです」と語った。ラフィンは、白人ではない。

「わたしたち」とは?


誰を記憶し、どのように記憶するのか? 誰がそれを決めるのか? これらは政治的な疑問だ。

ジョージ・オーウェルは『1984年』の中で「過去を支配する者は未来を支配する」と書いた。アメリカで未来を形作ろうとしている者は、オーウェルの「現在を支配する者が過去を支配する」という残りの警告を含めてこれを心得ている。

わたしたちは、かつてのわたしたちではない。ここでの「わたしたち」とは、非白人が、数の上でも認知度でも力でも増大しているにもかかわらず、数え切れないほどの点で社会の主流から取り残されている国の市民のことである。

人種差別はあまりにも深く根付いているため、奴隷所有者を讃えることをやめるためには、市や郡やワシントンという州の名前まで変えなければならない。性差別はあまりにも深く侵食しているため、道や広場には歴史上の偉大な女性たちの名前がほとんど見当たらない。

暴力の遺産の特徴を伝える景観に対して何をなすべきだろうか。すでに建っているものを取り壊すべきなのか? 新しい建物や新しい記念碑を建てることで同等にしていくべきなのか? すでにそこにあるものを、改めて文脈化するか、改善するべきなのか?

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