さらに、このシステムに可動式の中継用カメラを追加することで、トラッキング・データをもとに自動追尾撮影をすることも可能になっている。追尾対象をパックに設定すれば、パック周辺の映像が得られ、特定のプレーヤーに設定すれば「ウェイン・グレツキー」カメラのように著名選手だけをフィーチャーした映像が提供できる。
ドコモは東京にて、バスケットボールの試合でこのシステムをテスト。結果、各プロバスケットチームから、試合中のポジションをトレースできる天井からの撮影映像と、AIにより生成されるトラッキング・データについて、特に高い評価を得た。
ただし日本で導入するとなると、アリーナなどの施設管理の面で大きな弊害があり、こうしたシステムの常設化は難しいという問題点があらためて浮き彫りになった。現状では本システムを運用するために、4KカメラからシステムおよびAIまで光回線の敷設が不可欠だ。この敷設にはざっと500万円程度のコストが見込まれるが、一度の敷設で準恒久的に使用できれば、このコストもさした問題ではない。
しかし、日本の多くのスポーツ施設は「指定管理者制度」となっており、施設を法人などが管理・運営するにすぎず、所有者は行政となる。行政がいち使用者の敷設物、設置物を施設内に保持する方針はまかり通らない。つまり、コストをかけて敷設した回線などは、すべて「仮設物」扱いとなり、使用後は毎回撤去を強いられる。
これでは設置するシステム本体のコストがリーズナブルだとしても、毎回行う敷設と撤去で1000万円近くもコストがかさんでしまう。それではコスト的に非現実的だ。同様の問題を「Pixellot」を始めとした他のシステムもかかえている。また、それはグラウンドやスタジアムなどの屋外施設であっても同じことだ。
5Gの普及で実現へと近づく「スマート・スタジアム」構想
5Gが普及すればこの問題は一気に解決するだろう。現在の4Gが5Gに入れ替わるだけで、敷設しなければならない光回線を代替できる容量を確保できるからだ。今年3月から本格商用が開始された5Gが4Gにとって代われば、机上の計算では敷設・撤去の1000万円がまるまる浮く。AIを活用した自動撮影が導入されれば、新型コロナ対策として、スポーツ中継の現場人員削減、撮影スタッフのテレワーク促進にもつながる。
元来、東京五輪開催会場には、他に先駆け優先的に5Gが敷設される予定だ。スタジアムやアリーナなどで5Gの商用化が進めば、各種システムによる自動撮影のお膳立てとなる。日本のスポーツ界が目指し、これまで構想されながら、なかなか前進することのなかった「スマート・スタジアム」が、5G商用化によっていよいよ現実のものとなる。
ポストコロナの無観客試合も、ネガティブに捉えるのではなく、AI自動撮影を含めた一連の新ソリューションの実証実験としても活かせば、新しい時代の扉を開く流れとなる。
こうした混乱期に、次なる時代へ向けどれだけ新しい種をまくことができるのか……日本がスポーツ先進国となる試金石でもある。
連載:5G×メディア×スポーツの未来
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