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2020.04.30 09:00

「宇宙社会インフラ」はゼロベース・スタート。宇宙産業国内トップが描く新・生態系|トップリーダー X 芥川賞作家対談 第4回(後編)

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「宇宙技術は先進、地球は後進」が逆転している?


袴田:宇宙開発に関わって生まれた多くの技術は、すでに地球の生活の発展に大きく寄与していますが、最近は、実は宇宙の技術って少し遅れ始めているんですよ。地上の技術の方が実は発展していて、コンピューターや携帯も、非常に小型軽量化している。
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株式会社ispace代表取締役 袴田武史

で、今それを逆に宇宙に活用しようという流れになっているんですよね。それができるようになると、また宇宙で多くの試行錯誤がされるようになる。そこで生まれた新しいコンセプトがまた、地球にフィードバックされる。

宇宙の長所はインフラがないところで、すべてをゼロから作ることができる。たとえば現在、トヨタが「水素社会」を提唱していますが、ガソリンのインフラができ上がっている地球上における水素導入はなかなか難しい。水素だけでなく、社会の新インフラの導入はあまねくコストも時間もかかり、人間の心理的なハードルも非常に高い。
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そこへ行くと宇宙はまっさらなので、ゼロから水素社会のインフラを作れる。宇宙で技術的に機能することが検証されれば、今度は地球への社会導入もスムーズになるのではと思います。

それ以外でも月や宇宙では、閉鎖的な環境ですべてを起こさなければいけない。そのために開発される技術は、植物を育てることや、人間の心理的、身体的な健康の維持に役立つはずで、それらは逆に地球にも輸入されうると思います。

上田:輸送サービスが成立するのは何年くらいでしょう。

袴田:輸送は着陸した時点で「サービス成立」となりますが、月面着陸するのが来年の2021年の予定です。そこを睨んで荷物を契約し、運びたいと思っています。今は日本特殊陶業の全固体電池の契約が決まっています。小さなモジュールを運んで、動作するかを検証します。


対談は都内のispaceオフィスで行われた

2021年、月に荷物が届き始める。月は「南極」のようになる


上田:御社の「2040ムーンバレー」の構想について教えていただけますか?

袴田:一言で言えば、2040年には1000人くらいの人が月に住んで働いていて、数万人規模の人が宇宙、月を行き来しているという世界観です。

1000人が生活していれば、彼らの暮らしをサポートする作業も生まれているはずです。ひとつ参考にしたのが、実は2000人もの人が常駐している南極です。最近では、数万人規模の人が旅行でも訪れている。20年後、月も南極のようになるんじゃないかと思います。


ispaceのオフィスにはその名も「MOON VALEY 2040」という会議室がある

上田:なるほど、僕が物書きとして興味があるのが、月に暮らすことで、人として心理的な変化があるかどうかなんです。

袴田:あると思います。宇宙飛行士は、宇宙に行くと考え方に大きな変化があるようです。地球がいかに貴重な星であるかを実感し、宇宙から見れば国の境もないひとつの「共同体」であることを強く感じるらしいんですね。ある人が、「政治家こそ宇宙に行くべきだ」と言っていました(笑)。

上田:基本的には人間の認識のしかたはそれぞれ違うはずですが、あるレベルを超えると、過半数の意見や行動によって視界は変わる。たとえば過半数の人がスマホを持つことで世界が少し変わったように、過半数の人が宇宙を経験するとどういうことが起き得るのか。それは、小説として書けるかもしれないと思っています。

袴田:「Virgin Galactic」などが今後サービス展開していけば、100キロくらいなら、数千人単位で宇宙に行けることになりますね。

上田さんの作品『ニムロッド』も読みましたが、個々の人物の生活の一部を読みながら、豊かな地球での人間とは何なのか考えさせられたり、その生活が今後、月面でどう変わるのか、あるいは変わらないのかの想像を掻き立てられたりしましたね。
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文・構成=石井節子 写真=帆足宗洋 サムネイルデザイン=高田尚弥

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