EVのメリットの一つに、EVパワートレーンの持ち味を自在に設定できる点が挙げられる。EQCの場合、パドル操作によって回生ブレーキの利かせ方を4段階から選ぶことができる。つまり、アクセルから足を外すと、クルマが回生ブレーキでもって自然に減速するのだ。アクセルを踏めば加速し、緩めると減速する、という運転スタイルに一回慣れてしまえば、安全にワンペダルで運転できる。
遅れての登場がちょうどよい?
やはり今の市場を見る限り、EVの価格が比較的高いことと、電欠やインフラの整備不足に対する不安から、まだ多くの消費者はガソリン車、あるいはハイブリッド車に乗りたがる。
昨年の全世界のクルマの販売台数のうち、EV車を買ったユーザーはたったの2.1%に過ぎない。だから、ライバルと競争できるEV車を作りたい、開発コストを抑えたい、増加するSUV需要に応えたい、といった課題を解決するためにメルセデスが選んだ「EQC」という道は、正解だと言えるだろう。
メルセデス・ベンツは多くの顧客が乗り慣れているSUVのテイストを感じられるEV車を出したかったようだ。ただ、顧客がEQCから実際どれだけの新しさ、新鮮味を感じられるだろうか。
というのは、そのベース車となるGLCはガソリンエンジンの搭載車だから、当然、それ用のドライブトレーン・トンネルがまだ残っている。クルマのセンターコンソールの下からずっと後ろのラゲージスペースまで、EQCの中央を走るのはGLCのトンネルだ。そのため、ジャガー・I-PACEやテスラ・モデル3と違って、フルフラットのフロアではない。
EQCは外観的には多少、未来的な要素を取り入れているが、内装はどこから見ても「ベンツ」だなと感じさせる。価格は1,080万円で、インテリアのトリムや質感は高級だし、インフォテインメント・システムは、他のEV車と比べていちばん優秀で使いやすいと思う。
しかし、これだけEV車がまだ売れていないということは、まだ市場がEVに対して違和感を感じているということ。顧客の「高価格への抵抗感、インフラ・充電の不安、電欠の心配」などを少しでも解消するための最良の解が、既存のSUVに近い形のEV車だったのだろう。
顧客のテイストが変わったら、それはまったく別の話になるが、一見EV市場に遅れて入ってきたように思えるメルセデスのEQCは、顧客の「慣れ」を考えれば、むしろ、ちょうどよいタイミングで市場に投じられたのかもしれない。
ピーター・ライオン◎モータージャーナリスト。西オーストラリア州大学政治学部 日本研究科卒。1983年に奨学生として慶應義塾大学に留学。Forbes、Car and Driver(米)、Auto Express(英)、Quattroruote(伊)などへ寄稿多数。ワールド・カー・アワード賞会長のほか、日本カー・オブ・ザ・イヤー賞選考委員を務めている。