朝日新聞編集委員(朝鮮半島、米朝・日米関係担当)

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3月下旬、日本の与党関係者のもとに、一通のeメールが届いた。送り主は、テドロス・アダノム。新型コロナウイルス問題の発生により、不眠不休で働いている世界保健機関(WHO)の事務局長だった。

テドロス氏のメールは不安と不満が入り交じった内容だった。「日本ではWHOや私への批判が高まっているそうだ。なかには、私の辞任を求める声まであるというが、どうしたらよいだろうか」

このメールを受け取った与党関係者は、日本では中国に反発する一部世論がテドロス氏への批判と結びついている状況を説明し、こう伝えた。「余計なことは言わず、いつか、安倍晋三首相の政策を称賛してはどうか。中国とも、あまり騒ぎ立てず、徐々に距離を置けば良い」

テドロス氏はよほど焦っていたのだろう。与党関係者は「いつか」と伝えたのに、このメールから数日経った3月30日、テドロス氏は安倍首相と電話会談を行った。外務省の説明によれば、テドロス氏は「安倍総理のリーダーシップによって、日本の政府が一体となって新型コロナウイルス対策を効果的に進めている」と語り、安倍首相を褒め称えた。

テドロス氏が焦るのも無理はない。米国がテドロス氏とWHOを次々と責め立てているからだ。トランプ米大統領は4月14日、ホワイトハウスでの記者会見で、WHOが新型コロナウイルスへの対応を誤ったとして「感染拡大を隠ぺいした」と非難。WHOの対応について検証する間、拠出金を停止する考えを示した。ホワイトハウスは続く16日、同日に行われたG7首脳によるテレビ電話会議で、各国首脳が、新型コロナウイルスをめぐるWHOの対応を全面的に見直し、改革を行う考えで一致したと発表した。

与党関係者の指摘にもあったように、米国の怒りの背景には中国がある。米国内で感染者が激増したことから、市民の中国に対する不満が充満している。2月10日、「感染拡大は4月には収束するだろう」などとのんきなことを言って、初期対応の過ちを指摘されているトランプ氏にとって、この世論を利用しない手はないだろう。

日本政府関係者の1人も「トランプ氏は、11月の大統領選を勝つことで頭がいっぱいだ。自分への批判や不満をそらすことができるなら、何でもやるだろう」と語る。

今、米国はG7の了解を取り付けたと公言しているように、世界の主要国に対し、自分の考えに同調するよう迫っている。トランプ大統領は18日の記者会見でも、新型コロナの感染拡大で中国に故意の責任があれば、厳しく対応する考えを示した。

もちろん、テドロス氏が中立公平な姿勢を保ってきたとは言いがたい。テドロス氏は1月末の記者会見で新型コロナ問題を巡り、中国の対応を褒め称える一方、 米国が1月末に決めた中国からの入国禁止措置を批判した。

テドロス氏が保健相や外相を歴任したエチオピアは中国から鉄道や道路などのインフラ整備で巨額の支援を受けている。中国がWHOなど国連の関係機関に親中国の人物を次々と送り込み、影響力を強めていることもまた、間違いのない事実だ。この状況に眉をひそめている国家は少なくない。

文=牧野愛博

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