ウイルスの脅威が問いかける、新たなる知

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生命の意味を問いかける


実は現代のコンピューター研究が始まった当初から、生命現象を数理科学的に解明したいという動きがあった。第二次世界大戦中にマンハッタン計画や世界初の電子式デジタルコンピューターともされるENIACの開発に携わった数学者のフォン・ノイマンは、コンピューターが核兵器の設計や大砲の弾道計算ばかりか、もっと大きな問題に応用できることに気づいていた。

フォン・ノイマンが晩年最も心を砕いていたのは、膨大な計算を必要とする経済や物理化学、その中でもとりわけ生命現象の理論化だった。そしてセル・オートマトンという細胞のモデルを並べてその相互作用をシミュレーションし、生物の誕生や成長、自己増殖のメカニズムを探る理論モデルを作った。それこそまさにコンウェイのライフゲームの元となった、生命現象を物理数学的な理論で解明しようとする、生命現象を情報化する試みだった。

人類は古代から、生命の持つ不思議に心を奪われ、土くれ人形が人間に変容するゴーレムの神話や彫刻が女性に変容しピグマリオンの妻になる伝説などが語られてきたが、大航海時代を経て科学技術が進歩し、産業革命が始まった18世紀には、精密な時計加工技術を応用したからくり人形が作られ、こうした話が現実味を帯びるようになった。

王侯貴族の嗜好に合わせて、楽器を演奏したり絵を描いたりする機械仕掛けの人形が人気を博したが、最も有名なジャック・ド・ボーカンソンのアヒル型からくり人形は、外形や動作を似せたばかりか、エサをついばみ消化してフンまでする生理現象までを再現し、一般人の度肝を抜いた。

蒸気エネルギーの開放と機械技術の進展で、人間の労働ばかりかあらゆるものを機械で自動化する風潮の吹き荒れる中、こうしたテクノロジー進化の先には、人間や生命を人工的に再現できる世界がやってくるのではないかと期待する声も上がり、ジュリアン・ド・ラ・メトリーのように、人間は超精密な機械に過ぎないと唱え『人間機械論』を書く者も現れた。

一方の生物学の世界でも、ダーウィンの進化論やメンデルの遺伝の研究などから、生命現象を神の与えた不可知な現象とする生気論ではなく、機械論的に理解できるのではないかとする研究が19世紀に活発となり、1953年にはついにワトソンとクリックがDNAの構造モデルを発表する。

現在のわれわれは、生命がすべて4つの塩基からなるDNAというデジタルのビットのような極小の基本的な部品からできていることを知っており、生命現象がこうした要素の組み合わさった集合で起きていることを理解している。炭素を元にした物質が行っているのも遺伝子の情報の伝達であり、ウイルスも感染によって蔓延することで生物圏の遺伝子の拡散や淘汰、進化にも寄与しているとされる。その動きを機械で再現するばかりか、コンピューターでなぞるなら、生命現象のさまざまな局面を理解したり医療に応用したりできるだろう。

人工生命はこうした生命の知を深く研究することで、細菌やウイルスの動きがネットの中を駆け巡るデマやフェイクニュースの蔓延と同じメカニズムだったり、アリやミツバチなどの社会的昆虫の生態が巨大都市の人や情報の流れを理解するモデルだったりすることを解明しつつある。

今回の新型コロナウイルスの脅威が問いかけているのは、健康医療や感染抑制の都市機能のあり方の問題ばかりではなく、人間がこの星に生きるためのもっと深い知のあり方なのではないだろうか。そうした視点から人工知能だけでなく、人工生命のようなアプローチを再度真剣に検討してみる必要もあるだろう。

文=服部 桂

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