犯罪を犯してまでも女がすがった希望と、運命の贈り物

『題名のない子守唄』主演のクセニア・ラパポルトとジュゼッペ・トルナトーレ監督(Photo by Chris Jackson/Getty Images)

韓国社会の著しい経済格差が描かれていることでも公開当時から話題だった『パラサイト 半地下の家族』が、今年のアカデミー賞において作品賞をはじめとしたいくつもの賞を獲得したのは記憶に新しい。

近年開きが大きくなってきた貧困層と富裕層の格差は、よく指摘されるアメリカだけでなく、韓国や日本でも顕在化しており、映画のモチーフとなっている。本連載で昨年取り上げた韓国映画『母なる証明』にも、貧しさゆえに売春する女子高生が登場していた。

貧困から抜け出せない女性が行き着く場所の一つは、性産業である。家庭に居場所を失った家出少女の売春がたまにメディアに取り上げられるが、その中には組織的な搾取や暴力の被害に遭う者も少なくないという。

自らの意志で自由なセックスワーカーとして働くのではなく、人身取引のかたちで強制売春や強制労働を科せられる被害者は、世界的に見ると年間10万人に上る。お金に困っている女性を甘言で釣り、薬漬けにして監禁し何年にも渡って売春させたり、強制的に妊娠させて産ませた子供を売買する闇組織は世界中に存在し、マフィアの資金源となっている。

昨年9月には、ナイジェリアの最大都市ラゴス近郊で、生まれた乳児を販売する目的で作られた「赤ちゃん工場」から、妊娠中の女性たちと新生児が救出されるというニュースがあった。

今回紹介するのは、そんな性搾取の背景が次第に浮かび上がってくるヒューマン・ミステリー『題名のない子守唄』(ジュゼッペ・トルナトーレ監督、2006)。『ニュー・シネマ・パラダイス』や『海の上のピアニスト』で有名な同監督は、この作品で2007年のヨーロッパ映画賞とイタリア・アカデミー賞において数々の賞を受賞している。

その女の過去に何が…?


冒頭は、ホールのような室内に立つ仮面をつけた下着姿の女たち。壁にあけられた小さな穴から覗く目があり、一人の女が選ばれる。主人公イレーナ(クセニア・ラパポルト)の壮絶な過去の始まりだ。

そこから一転して物語は現在に飛び、カメラは鞄一つで新しい街にやってきたイレーナの姿を追っていく。髪をまとめ黒いコートに身を包んだ彼女の異様に緊張した面持ちに、不幸な過去を清算して心機一転出直す人の清々しさはない。

なぜイレーナは、不動産屋の忠告を聞かず悪条件のアパートを借りたのか。向かいにある高級アパートの管理人を買収し、長年の家政婦を排除してまで、アダケル家に入り込もうとした理由は何か。合鍵を作って家の中をこっそり嗅ぎまわるのはなぜか。そもそもなぜ、自室の天井裏に大金を隠し持っているのか。家政婦になったのは、一人娘のテアに近づくのが狙いか。だとしたら一体どうして‥‥。

前半は、何か秘密を持っているらしいイレーナのどう見ても犯罪に問われる行為と、それが発覚しそうになる場面が何度か描かれ、非常にスリリングだ。

イレーナの一連の行動の理由はドラマの最後の方まで明かされないため、観ている間、これは何らかの復讐目的ではないのかとの疑念も浮かぶ。
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文=大野 左紀子

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