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シネマの女は最後に微笑む

カンヌ映画祭に参加したポン・ジュノ監督と『母なる証明』キャストら(Photo by Tony Barson Archive/WireImage)

2018年3月、夫が妻を殺害し、夫の母親と共に実家の敷地内に遺体を埋めるという事件があったのを覚えている人は多いだろう。今月10日、東京高裁の第二審の判決で、夫に懲役15年、母親には一審の7年から1年減刑して懲役6年の判決が言い渡された。

妻の育児ノイローゼから発症した強迫性障害、それによる「潔癖ルール」の強制や幼い娘への暴言などによって、夫のストレスが限界に達し、妻殺害に追い込まれたという報道がされている。

中でも、息子が母親に夫婦仲の悩みをLINEで相談し、殺害の計画を打ち明け、最初は反対した母親も次第に同調し、殺人の偽装工作と遺体遺棄に協力したという事実は衝撃的だった。

「ほんとに何でもしてくれる?」「言ったでしょ、オカンはたかちゃん(注:息子の愛称)のためなら悪魔にでもなる」という二人のLINEの文面は生々しい。

かつて、ドラマから「冬彦さん」という言葉が流行語となった、結婚しても親離れできない息子と、子離れできない母親の関係性。それが、母親と娘の関係性以上に緊密に感じられるのはなぜだろうか。

さて今回取り上げるのは、2009年の韓国映画『母なる証明』(ポン・ジュノ監督)。韓国の二つの映画祭でグランプリを獲得し、ネットの「韓国映画ベスト10」といったアンケートでも常に上位に上がってくる作品だ。

冒頭、一面の枯野の中を彷徨い、やがて放心したように踊り出す初老の女の姿に意表を突かれる。この枯野の中の彷徨場面は最後の方でも繰り返され、主人公である母親(キム・ヘジャ)の、半ば壊れてしまった心の風景と重なってくる。

小さな漢方薬の店を営みながら、軽い知的障害のある息子トジュン(ウォンビン)と二人暮らしの母親。トジュンは明るい青年だが、母親の心配の種は悪友ジンテとの付き合いだ。

通りで自分を轢きかけた黒ベンツをジンテと一緒になってゴルフ場まで追跡しても、途中でその目的を忘れてゴルフボール拾いに夢中になったり、「復讐」としてジンテが壊したベンツのサイドミラーの弁償を押し付けられたりしているトジュン。

そんな息子の世話を細かく焼く母親の、やや過剰に思えるような密着ぶりも、日常の何気ない場面を通して描かれる。

このドラマはある日、息子トジュンにかけられた女子高生殺人の容疑を晴らそうと奔走する母親の姿を追う、というサスペンス仕立てになっている。

したがって、最初の方のベンツ騒動の中に既に重要な伏線が隠されているのだが、事件当夜のトジュンの記憶が混濁していることもあって、疑惑はなかなか解けない。

当日、スナックで呑んだくれてそこの娘にしつこく声をかけた後、夜道でその女子高生をナンパしようとして失敗していたり、現場近くにトジュンの持っていたゴルフボールが落ちていたりといった、不利な状況証拠も揃っている。

小さな町で起こった凄惨な殺人事件。しかも女子高生アジョンの遺体は町のあちこちから見える廃墟の屋上に晒されるという残酷さ。

しかし、警察の現場検証や野次馬達は、いささか滑稽味を持って描かれる。

「トジュン無実」のビラを撒き、被害者アジョンの葬儀に出かけて遺族と揉める母親の姿にも、適当な感じの世間擦れした弁護士と必死な母親とのやりとりにも、どこかおかしみが漂っている。

ジンテに疑惑の目を向けた母親が、彼の部屋のクローゼットを漁っているところで、帰ってきたジンテと恋人とのセックスが始まってしまう一連のシーンは、ほとんどコメディだ。

深刻な事態の中に笑いを散りばめ、主人公の心情に半ば寄り添いつつも、息子に対する盲目的な愛が常軌を逸していくさまを突き放して見つめる演出は秀逸である。

文=大野 左紀子

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