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2020.01.28

【追悼】クリステンセン教授「日本の経営者は盛田昭夫の伝記を読むべき」

クレイトン・クリステンセン教授(2015年撮影)。2020年1月23日に死去。1997年に代表作『イノベーションのジレンマ』を発表(邦訳は2001年)、今なお読み継がれる経営学の名著。


ハーバード・ビジネス・レビュー誌に寄稿した共同論文『資本家のジレンマ』に書きましたが、「市場開拓型イノベーション」という、新市場を掘り起こすタイプがあります。成長のためには、このイノベーションに焦点を当てるべきです。

日本をはじめ、世界の経営者がそれをやめてしまったために、企業の成長が止まったのです。市場開拓型イノベーションが起こるペースを基準に、企業は成功の度合いを測らねばなりません。

(編集部注:前出『資本家のジレンマ』によれば、「市場開拓型イノベーション」は、コンピュータの普及に見られるように、複雑、あるいは、コストがかかる製品を大刷新し、「新クラス」の顧客層や新市場を掘り起こす。iTunes(アイチューンズ)などを開発したアップルが代表。このイノベーションは雇用も生み出すが、経営者は及び腰だ。教授が言うように特効薬はないが、資本の目的を変えたり、長期投資の株主に恩恵を与えたりすることで、経営者が市場開拓型イノベーションにチャレンジしやすくなるという)


クレイトン・クリステンセン教授(2015年撮影)。存命中は、ハーバード・ビジネス・スクールで教授として教鞭をとった。専門は企業経営論。コンサルティング・ファーム「イノサイト」共同創業のほか、複数の企業の立ち上げにも携わった。


成長のためのイノベーションが必要

──「破壊的イノベーション」の概念を生み、『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』と、著作を重ねられています。グローバル化やIT化で企業が「破壊的変化」に襲われるなか、概念も変わりつつありますか。

(破壊的イノベーションをめぐる)現象について、私自身の理解は、当時よりはるかに深まりました。とはいえ、根本的な破壊のメカニズムは、いまも同じです。

たとえば、1950年代から70年代初頭にかけて、日本の成長の原動力は、市場開拓型イノベーションか破壊的イノベーションでした。そうしたイノベーションのおかげで、より多くの人が手ごろな値段で製品を買う機会を手にしたのです。

トヨタや日産が低価格車を開発したおかげで、米国で自家用車を持てる人たちが急増しました。ホンダのオートバイも同じです。ソニーが、非常に手ごろな値段の家電製品を開発したおかげで、ティーンエイジャーでさえ手が届くようになりました。

また、キヤノンのおかげで、世界中のオフィスにプリンターが置かれるようになりました。「破壊的イノベーション」を起こしたことで、新市場の開拓ができたのです。

でも、その後、日本では、成長を生み出さないイノベーションしか見られなくなりました。1つは「持続的イノベーション」。 既存の製品を改善するためのものです。非常に重要ではありますが、成長にはつながりません。

たとえば、トヨタのハイブリッドカー「プリウス」。製品自体は非常にイノベーティブ(革新的)なのですが、プリウスを手にしたら、同じハイブリット車のカムリはもう買いませんよね。持続的イノベーションは、既存の製品に代わるものを生み出すだけで、成長は生み出しません。

もう1つが、「効率向上型イノベーション」です。より少ない手間で、もっと多くのことをやろうとすることです。

(編集部注:「効率向上型イノベーション」は、成熟した製品の低価格版を既存顧客層に売るのに役立つ〈『資本家のジレンマ』より〉。格安販売モデルを定着させた世界最大の小売業、米ウォルマート・ストアーズなど、「ローエンド型破壊」も、この1つ。「市場開拓型イノベーション」と違い、雇用減を招く)

90年代以降、日本のイノベーションは、持続的イノベーションと効率向上型イノベーションに集中しています。非常に堅調だった日本経済の原動力が失われたのは、このためです。

市場開拓型イノベーションを1つ起こせば、5〜10年間、会社に利益をもたらしてくれます。しかし、それには資本が必要なので、経営者は、「持続的イノベーションと効率向上型イノベーションに投資しよう」となりがちなのです。

──コーポレートジャパン(日本産業界)、特に家電業界は競争力を失ったと思われますか。

そう思います。日本の経営者は、ソニーの(共同)創業者だった盛田昭夫の伝記を読むべきです。盛田は、より多くの人たちが買える新製品の開発にまい進していました。そうした製品は、どれも「破壊的」でした。でも、同氏がソニーをあとにしてからは、彼のような幹部は出てきていません。
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文=肥田美佐子 写真=エバン・カフカ

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