この作品を特徴づけているのは、やはりジョジョが空想の中で接していくアドルフの存在だ。実は、この役をヒトラーそっくりに演じているのは、監督でもあるタイカ・ワイティティだ。この作品で彼は脚本も担当しているが、多彩で天才的な才能を持った映画監督として注目を集めている。
監督のタイカ・ワイティティ (c) 2019 Twentieth Century Fox Film Corporation &TSG Entertainment Finance LLC
タイカ・ワイティティ監督はニュージーランドの出身。父親がニュージーランドの先住民であるマオリ族系で、母親はロシア系ユダヤ人の末裔。人種差別に対する感覚は人並み以上に鋭敏なはずだ。その彼が、ヒトラーを模したアドルフ役を演じて、あまつさえ作品の監督、脚本も担当しているのだ。作品に込められたメッセージも推して知るべし、とにかく力強い。
「私はマオリ系ユダヤ人として成長する過程で、ある程度の偏見を経験してきました。本作をつくることは、私たちが、子供たちには、寛容について教えなければならないことを思い出させてくれました。また、この世界に憎しみのための場はないことにも、あらためて気づかせてくれました」
ワイティティは、ニュージーランド北島のウェリントンで大学に通い、かたわらコメディアンとしても活躍、その後、俳優業にも進出、地元の映画賞も受賞している。また、映画製作にも乗り出し、自身が監督した短編編映画「トゥー・カーズ、ワン・ナイト」(2005年)は、第77回アカデミー賞の短編映画賞にもノミネートされている。
長編映画である「ボーイ」(2010年)や「ハント・フォー・ザ・ワイルダーピープル」(2016年)などの作品で、ニュージーランド国内の興行成績の記録を塗り替えながら、アメリカのインディペンデント系のサンダンス映画祭にも、作品を出品、着々と映画監督としても地歩を固めていった。
彼を一躍有名にしたのは、マーベル・スタジオの「マイティ・ソー バトルロイヤル」の監督に抜擢されたことだ。初めてのハリウッド作品であったが、持ち前のユーモア感覚を散りばめながら、この巨額の予算(1億8000万ドル)の大作ヒーロー映画を成功に導いたことで、ハリウッドでも期待される映画監督となった。
そして、今度はこの「ジョジョ・ラビット」だ。ワイティティはとしては、「マイティ・ソー バトルロイヤル」の大成功の後で、初めて自分の撮りたい作品を、ハリウッドで監督する機会を得ることになる。それゆえ、作品に対する思い入れも並々ならぬものがあったに違いない。
「私は、本作のユーモアが、新しい世代の絆となって欲しいと願います。子供たちが耳をそばだて、学び、そして未来へと進むことを助けるために、第二次大戦の恐ろしさを繰り返し語る、その新しく斬新な方法を見つけ続けることが重要だと思っていました」
ナチスの統治下にあったドイツを10歳の少年の目を通してコメディという手法で描いたワイティティだが、実は、日本の大友克洋の原作で、第三次大戦後の「ネオ東京」を舞台に超能力を持った少年たちが活躍する「AKIRA」の、実写化作品の監督にも名前が上がっている。
実写版の「AKIRA」は、当初ワーナー・ブラザースから2021年公開と発表されたが、その後、ワイティティが「マイティ・ソー」の新作に取り組むため、製作が延期されている。とはいえ、この異色の出自とキャリアを持ち、自身が持つユーモアの感覚がどう生かされるのか、いまから楽しみではある。
連載:シネマ未来鏡
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