今回の企画の最大の目的は、その認知バイアスの存在を意識すること、私たちがいかにデータに基づかずに“はずだ” “はずがない”と思い込んでいるかを知ることにある。
「重要な意思決定のなかには、こうした認知バイアスの存在を疑うことなく、イメージや思い込みに基づいて下されている例が少なくありません」
例えば、業務提携先の候補として、同じ時期に同じ分野で創業したA社とB社とがあるとしよう。A社は常にTシャツにデニムパンツ姿の若者が経営していて、B社はファッションに興味のなさそうな中高年の集まりで、A社は有名VCからB社は地元の信用金庫から資金調達を重ねていて、A社はメディアへの登場に積極的でB社はそうではなく、A社ははやりのシェアオフィスをB社は郊外の古い雑居ビルを拠点としていたら、A社がよりイノベーティブだと感じる人は少なくないはずだ。
しかし、A社は今回のランキングの外にいて、B社が上位にランクインしていたらどうだろうか。データの存在が、選択を変え、それが未来を変える可能性が立ち上ってくる。
「これまで見つけにくかったデータによって認知バイアスを壊し、正しい意思決定をしてほしい」とたびたび語る永井の真意はここにある。
B社のほうがデータ上はイノベーティブだとわかっても、それでもA社を選びたいという人もいるだろう。
それでもいい、と永井は言う。ただし、その決断にはデータの示すものよりも、曖昧な判断基準を優先して下したことを自覚し、関係者と共有しておいたほうがいいという。
「データよりも、好き嫌いや勘を優先して意思決定するのが悪いとは言いません。なぜならば、事業に関わる人の共感やコミットメントが事業の成否を決めることはよくあるからです。しかし、その決定が、データが導く正しさよりも好き嫌いや勘を優先させたものであること、それでいいと判断したものであることは、明らかにしておくべきです。そうでないと、周囲から『データではこうなっているのになぜか』といった指摘を受けたときに、簡単に揺らいでしまうからです。
逆も同じです。株主などから『印象としてはこっちのほうがいいのでは』と問われたときに『データではこうなっている』と自信を持って言えないと、納得が得られないでしょう。こうしたことを繰り返すと、企業の方針が定まりません」
だから、データに頼らずに意思決定をしたい場合も、データは知っておいたほうがいい。その上で、それぞれの場面で、認知バイアスを排除するのかあえて包含するのか、正誤と好き嫌いのどちらを優先させるのか、そのアプローチの違いが、これからの企業の個性になる。
「私たちはどの企業にも、条件や保有する資産が一緒であれば、同じデータに基づいた同じ提案をしています。そのうちの何を重視してどの提案を採用し、どのようなアプローチをするのか、そこには各企業のアイデンティティが反映されると考えています。これから生き残り成長していく企業は、他社と同じ市場で同じアプローチで競争して勝とうとする企業ではなく、他社にないアイデンティティを持ったユニークな企業であるはずです」
アスタミューゼ◎2005年創業。独自収集した世界80カ国の特許情報や論文、科研費、スタートアップ情報など、2億件超のイノベーションキャピタルのデータをもとに、未来創造・社会課題解決のための新規事業提案、新規事業開発を支援するコンサルティング事業を展開。
永井 歩◎アスタミューゼ代表取締役社長。大学院で原子力工学・数値流体力学を学んでいた2005年に、知的資産を流動化/活用することを目的としてアスタミューゼ株式会社(旧株式会社パテントビューロ)を設立。東京大学大学院工学系研究科修了。
日本で最もイノベーティブな企業を選出した「GREAT COMPANY 2020」。ランキングは特設ページで公開中。