フォーブス ジャパン ウェブ編集部編集長

ABEJAの加藤道子CFOがその信念を語る(写真=小田駿一)

米グーグル本体の日本国内出資第1号の案件を手がけたAIベンチャーABEJA(アベジャ、東京都港区)の加藤道子取締役CFO。後編では、そのキャリアや仕事論に迫りたい。

【前編】今明かす、ABEJAがグーグルから出資を受けることができた理由

大学生の時から、国際学生団体「日米学生会議」の実行委員長を務めるなど、視線は外を向いていた。

モルガン・スタンレー証券、世界銀行グループIFC(国際金融公社)、ハーバードビジネススクール(HBS)でMBA取得後、投資ファンドでM&Aや投資先企業の成長支援を行っていた。

この経歴を経て、なぜ人工知能の社会実装を手がけるスタートアップにジョインしたのか。



「ソーシャルグッド」と「ビジネス」の間で揺れ続けた

振り返れば、働き始めて数年は「社会的によいことをする」(ソーシャルグッド)と「お金を稼ぐ」(ビジネス)という二つの価値観を行ったり来たりしてきました。どっちかだと「ここじゃない」という気持ちが出てきて別の場所に行く、といったような。

大学時代は開発経済を勉強して、インドでマイクロファイナンスの調査やタイの農村でのボランティア活動をやりながら、「日米学生会議」に没頭してました。「日米学生会議」は、大学生が互いの国で1カ月共同生活をともに過ごすプログラムを学生が運営しています。学生負担の参加費を抑えるために、私たち実行委員が企業や団体を回って総額数千万円の寄付金を集めなければいけない。

目指すビジョンやかなえたい世界には心から共感してのめりこんでいましたが、一方で「お金を自ら生み出せない」がゆえに、寄付が足りずに実現できない企画もあって、お金でこんなに雰囲気もそがれるのかということも身に染みました。

「社会的によいこと」から「お金を稼ぐ」に振れたのは、3年生の時、ゴールドマン・サックス財団が主催する「Global Leaders」という学生向けのプログラムに参加したのがきっかけだったと思います。

ニューヨークに学生を集め国連を見学したり、会社幹部と討論したりと、他にはないような充実したプログラムも、企業の財力に裏打ちされているのだ、とそっちに目がいく。

時代の空気も影響していたのかもしれません。私が就職活動をしていた2005年ごろは、外資の投資銀行やコンサルといったプロフェッショナル・ファームが日本でも存在感を増しており、優秀な先輩たちが次々その道に行っていました。

それまで、将来は教師か国際機関職員、と考えていた自分も、そっちのキャリアを志すようになりました。

次に働いた外資の金融機関では、M&Aや資金調達を担当していました。給与水準は世間よりずっとよく、社員も優秀でしたが、競争も激しくドライな面もありました。米国本社のオフィスの壁に「Did you make money today?」(今日は稼いだ?)というメッセージが張られ、結果を出せない社員は去っていくという世界でした。

ここで昼夜なく3年働いて、燃え尽きてしまったんです。

「わたし、なんでこんなに頑張ってるんだっけ?」と。 今思えば、あまりに「ソーシャルグッド」からは遠い環境でした。

ビジネスとソーシャルをつなげる仕事はないだろうか。意識して探すと世界銀行グループのIFCの日本オフィスが、職場第1号のアナリストを募集していました。国際機関では珍しく、開発効果と投資リターンの両方を追求する組織です。

世界中から来た人たちが働く職場でした。飛行機で暮らしているかのように、各地を飛び回っているような、「グローバル」を地で行く上司たち。でも「MBAがないと昇進できません」と言われて、HBSにMBAを取りに行きました。

帰国後は投資ファンドで投資業務を担当しました。

企業経営の全体像を俯瞰して投資計画を練っていく、映画制作にたとえると「プロデューサー」的な仕事だと言われました。全体を動かすやりがいは大きかったけれど、事業を成長させる現場を知らないまま、投資先の方にモノ申さないといけない。それでいいのだろうか?そんな気持ちがぬぐえませんでした。

出産・育児も契機になりました。男性ばかり、長時間労働が当たり前、みたいな職場から土俵をずらそうと思いました。周りと比べるのをやめて「自分らしさ」を追求するようになったのもこのころです。

文=林亜季、写真=小田駿一

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