そして今は、手作りケーキのマッチングサービスを提供するオンラインコミュニティ「ベイカーズクラブ」を主宰する慈善事業家として活躍し、多くのメディアにも取り上げられている。
ワンジュクは言う。「ケニアにはシングルマザーが多くて、困窮している母子家庭が沢山あります。女性の時給は男性に比べて低く、就ける仕事自体も多くはないんです。ベイカーズクラブを立ち上げたのは、そんな彼女たちが子育てをしながら家でケーキを焼き、それを売ることで少しでも経済的に自立できればと思ったからです」
カナダのマギル大学が行なった2012年のリサーチによると、ケニアでは45歳以下の女性の10人中6人(59.5%)がシングルマザーだという。また18歳以下では、10人中3人の女子が妊娠を経験する。結婚前に妊娠を知った父親が母子を見捨てるケースも多いが、結婚しても子どもが生まれると勝手に出て行ってしまうこともよくあるらしい。
ワンジュク自身もシングルマザーだ。郵便局で働きながら、ふたりの子どもを育てていた。そんなワンジュクが、子どものランチに手づくりのカップケーキを持たせたところ、瞬く間に子ども伝いに美味しいと評判になった。そして多くの母親たちから「作り方を教えて欲しい」と頼まれるようになったという。
ケニアの街にはケーキ屋さんがない。冷蔵技術や電気、水道の問題など、コストに見合わないことが理由らしい。
「こんなにヘルシーでおいしいケーキを自分の家族の誕生日に食べさせたい」「でも自分で作るのは大変。どこかで買えるといいんだけど……」
ワンジュクが母親たちからそんな嘆きを聞くのも無理はなかった。ケニアの人はお金にシビアで、「安かろう・悪かろう」ではなく、高くても良いものを買いたいという価値観が強いのだが、スーパーで売られているケーキは甘すぎて美味しくないので、買いたがらないのだそうだ。
「ケニアに住む人にとって、家族は幸せの象徴。だから、家族の大切な日には盛大にお祝いをする習慣があります。チープで美味しくないケーキなんて買いたくない。奮発してでも、みんなが美味しくて幸せになれるような豪華なケーキで祝いたいって、強い希望や憧れを持っているんです」とワンジュクは言っていた。
私もケニアに滞在中、いくつかの家庭にお邪魔させてもらったが、たしかにどの家も壁一面には家族写真がずらりと飾られていた。シングルマザーが多いということは、見方を変えれば家族そのものが危うく稀少な存在であり、それだけ価値あるものなのだろう。
壁一面に家族写真が並ぶケニアの家