厭きることなく3時間30分 「アイリッシュマン」に見る映画の新時代

Netflix映画『アイリッシュマン』 11月27日(水)独占配信開始

10月24日からラスベガスで、シルク・ドゥ・ソレイユの新作「R.U.N」が幕を開けた。当地では、それまで6つの常設公演を観ることができたが、この「R.U.N」で7つ目となる(通算では10作品目)。

ラスベガスのシルク・ドゥ・ソレイユのショーは、どれも上演時間は概ね75分。いつも鮮やかな舞台パフオーマンスを、息を呑んで観ているうちに、あっという間に終わってしまう印象だ。

上演時間75分というのは、夜2回公演という事情もあるかもしれないが、一説には、この75分が、人間が退屈せずに座っていられる適正な時間だとされており、それを踏まえて上演時間が設定されているとも言われている。

大学などの授業時間は90分。かつての日本映画の黄金時代(1950年代)の頃の作品も、1時間半前後のものが多い。そうしてみると、人間が興味を集中できるのは、どうやら75分から90分くらいの間となるのかもしれない。

このところ、日本映画も2時間前後の上映作品が普通とはなっているが、なかには途中で退屈を覚える作品も少なくはない。ところが、マーティン・スコセッシの新作「アイリッシュマン」は、なんと3時間30分を数える超長尺作品。筆者は劇場で観たが、上映時間中、すっかりこの重厚なドラマに嵌り、まったく集中も途切れず、厭きることがなかった。

アメリカの現代史を描いた作品

「アイリッシュマン」は、第二次大戦後のアメリカ裏社会をヒットマン(殺し屋)として生き抜いたアイリッシュマンことフランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)という実在の人物が主人公だが、スコセッシ監督が描こうとしているのは、彼と運命的な関わり合いを持つことになる全米トラック運転組合の委員長ジミー・ホッファ(アル・パチーノ)についてだ。



ジミー・ホッファは、1913年の生まれ。トラック運転手の経験がないまま、全米トラック運転組合(チームスター)に渉外係として入り、持ち前のタフな交渉力で経営者側と渡り合い、1957年にチームスターの3代目委員長となる。

人物紹介などでは、「アメリカの労働組合指導者」として記されることも多いが、在職中からマフィアとの繋がりを持ち、彼らが運営するラスベガスのカジノにチームスターの巨額な年金を融資したことでも知られる(この経緯はスコセッシが1995年に映画「カジノ」で描いている)。

スコセッシは、主人公であるシーランの目を通して、チームスター委員長のホッファと彼が関わる裏社会、さらに、この異能の労働組合リーダーに対峙する当時のアメリカの政治体制にまで肉薄しようとしている。

作中には、ホッファのことを評して、「アメリカ大統領の次に力がある」という表現も登場する。いわば、この作品はホッファという人物を通して、アメリカの現代史を描こうとした作品でもあるのだ。上映時間の3時間30分も、それらを描くためには、当然の如く必要とされたものだったにちがいない。
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文=稲垣伸寿

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