厭きることなく3時間30分 「アイリッシュマン」に見る映画の新時代


また、3つの時間軸で描かれる「アイリッシュマン」だが、この3つの時代を同じ1人の役者が演じているのも、この作品の見どころのひとつだ。インダストリアル・ライト&マジック(ILM)による特殊効果によって、若き日のロバート・デ・ニーロの顔を再現し、彼がすべての時代のフランク・シーランを演じている。もちろん、アル・パシーノもジョー・ペシも、3人とも3つの時代を見事に演じ分けている。

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配信の時代を象徴する作品

「アイリッシュマン」は、チャールズ・ブラントが2004年に発表したノンフィクション「I Heard You Paint Houses」を原作としているが、この作品の映画化はスコセッシの長年の悲願だった(たぶん前出の「カジノ」を撮ったときからホッファの映画は考えていたにちがいない)。

しかし、その規模や製作費の問題から、いくつかの映画会社が名乗りを挙げては手を引き、製作は難航を極めていた。最終的に、この作品を配信するネットフリックスが出資することとなり、映画化が実現した。

アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA/ローマ」に続き、この「アイリッシュマン」も、ネットフリックス発の作品としてアカデミー賞候補として話題に上っているが、3時間30分という上映時間の作品が、映像配信の会社が中心となって製作されたというのも、極めていまの時代を象徴している出来事とも言える。

おわかりのように、この上映時間は、けっして劇場側からは歓迎されるものではない。上映できる回数が少なくなるからだ。観客にとっても、なかなか決意を要する観賞となる。ネットフリックスでの配信に先駆けて、日本でも一部の劇場で公開されたが、上映中にトイレ休憩で席を立つ人も目立ったという。

しかし、配信での観賞ならば、3時間30分という「悪条件」もたやすくクリアされるにちがいない。新作映画の観賞をいつでも好きなところで中断できるし、途中で休憩も入れられる。もう75分から90分の「適正時間」など気にしなくてもよいのだ。

現在、ネットフリックスの有料会員数は、世界190カ国以上にわたり、計1億5100万人、日本でもざっくり300万人に達していると発表されている。そして、映画製作においても、いまや世界最大の映画会社となっているのではないかと言われている。

ネットフリックスに対抗するように、アマゾン・スタジオも映画製作に力を入れているし、アップルも定額制の映像配信サービス「Apple TV+」をスタートさせた。映像配信という手段が現れて、映画製作も観賞も、そのかたちを大きく変化させているのだ。ちなみに、筆者は「アイリッシュマン」を劇場で再観賞したが、やはり少しも厭きることはなかった。もちろん、配信でも、もう一度観るつもりだ。

連載 : シネマ未来鏡
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文=稲垣伸寿

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