この受賞からもわかるように、映画「ジョーカー」は、いわゆるコミック原作の定番である、スーパーヒーローが活躍するアクションものとは少し趣が異なる作品だ。だいたい主人公のジョーカー自体が、「バットマン」に登場する最凶の悪役であり、ヒーローではない。
この作品の監督と脚本を兼ねるトッド・フィリップスは、昔からのジョーカーのファンで、これまでコミックのなかでは、はっきりと明かされてこなかった彼の出自に興味を持ったという。
「彼の原点は映像化する価値があると思いました。そこで複雑な事情を抱える男の物語を書きました。この男が、どのように変わり、どうやって悪に転じていくのか、ジョーカーの成り立ちに焦点を当てたのです」
現代にも通ずるシチュエーション
物語は、のちにバットマンが活躍することになるゴッサム・シティ(映画のなかではほとんどニューヨークのイメージだ)が舞台で、時代は1980年代初頭。市政は破綻に瀕しており、貧困層へのケアは行き届かず、ソーシャルワーカーの相談所さえ閉鎖されようとしている。ゴミ収集業者のストライキが長引き、街全体に暗雲が漂っている。どこか現代の社会にも通ずるシチュエーションだ。
そのゴッサム・シティに暮らすアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、頭に受けた障害で、突然、激しく笑い出すという発作を抱えている。彼は、精神的に不安定で病弱な母親との2人暮らし。母親は30年前に働いていた実業家のトーマス・ウェイン(この姓に注目)に、自分たちの窮状を救って欲しいと何通も手紙を出している。
アーサーは、その母親からは「ハッピー」と呼ばれ、「どんなときも笑顔でいなさい、人を楽しませなさい」という彼女の言葉を守り、コメディアンとして生きていくことをめざしている。ピエロの扮装をして、道化に徹するアーサーだが、突然笑い出すという彼の発作もあり、人々は笑うどころか、異形の彼を排除しようとする。
ある日、アーサーは、地下鉄のなかで、女性をからかう3人の金融関係のビジネスマンに遭遇する。彼らを見かけ、突然、いつものように笑い出すアーサー。ビジネスマンたちは彼に襲いかかるが、アーサーの懐には一丁の拳銃が握られていた……。
経済に綻びが生じ、格差が広がる社会のなかで、アーサーは懸命に世界との接点を模索するが、彼がもがけばもがくほど、その存在は疎外されていく。ついには、自分が希望を託していた人物から心無い仕打ちを受けると、彼は、自分を「ジョーカー」と名乗り、世界への反撃を試みるのだった。