そんな私たちがシンガポールに進出したのとほぼ同じ時期に、タイに赴任した大使館員がいます。在タイ日本国大使館一等書記官の寺川聡さんです。
2017年に経済産業省からタイに赴任。いちからタイ財閥のキーパーソンらとのネットワークを築き、日本のベンチャー企業とのオープンイノベーションを推進してきた方で、私たちは志を持って奮闘している彼の姿にずっと勇気をもらってきました。
日本企業はこれから世界でプレゼンスを発揮できるのか──。日本企業の海外展開を支える寺川さん自身のストーリーと、彼から見た日本企業の海外進出の現状などについて、本音で話してもらいました。(敬称略)
赴任して感じた、タイ人と日本人の大きな認識のずれ
タイに赴任したのは2017年6月です。
官僚は少なくとも一度は海外に留学するか駐在するかを選びます。私の場合、現場で泥臭く働くことが向いているので、海外駐在一択でした。
タイは学生時代にバックパックを背負って1カ月ほど旅行した国の1つでした。当時はドンムアン空港しかなく、ゲートを出た途端スパイスが鼻腔に絡みつくような独特な感覚に包まれたのを覚えています。赴任した2年前、キレイなスワンナプーム空港に初めて降り立ったときには、かつてのような感覚はなく「仕事なんだ」と気が引き締まりました。
タイを含むASEAN全体の人口は6.4億人。圧倒的に成長する市場の中で、タイは米国、中国に次いで3番目に日系企業の進出が多く、首都バンコクは世界で2番目に日本人が多い都市です。タイは自動車産業の集積地と思われがちですが、今や日系企業の半数以上が非製造業です。
私が赴任した2017年は、当時の世耕弘成経済産業大臣が、コネクテッドインダストリーズ(デジタル技術を活用してあらゆるデータをつなげることで、新たな付加価値の創出や社会課題の解決を図る構想)を打ち出したとき。タイは、日本が協業案件を創出するためのASEAN初のパートナー国に選ばれました。
そんな経緯もあって、私は当初、日本企業のデジタル技術とタイ企業の経営資源を組み合わせて協業案件を創出しようと考えました。ですが、現場を回ると厳しい状況が見えてきたのです。
まず日系企業を訪問すると、「タイ人は(技術やノウハウを)分かっていないから教えてあげる」という姿勢が目につきました。その割には、現地の、そしてグローバルなテックトレンドをキャッチアップできていない企業がほとんどでした。
多くの日本企業が第4次産業革命に向けた成長戦略を華々しく標榜しながらも、少なくともタイの現場の時計はずっと止まったままだと感じました。「まずは日本の本社で、その後に海外ですよね」と他人事な話もよく耳にしましたが、そんな内向きな姿勢で、この地で戦っていけるかは大きな疑問でした。