ビジネス

2019.09.30 15:00

タイで「日本ブランド」の地盤沈下? 若手大使館員がベンチャーと切り拓く未来


一番苦労したのは、タイ財閥が抱える課題の整理です。AIやIoTのソリューションが欲しいとざっくり言われても、スタートアップを絞り込めません。そのため、財閥に具体的な提案依頼書(RFP)の作成を依頼することにしました。しかし、その内容は、単なる受託業務に過ぎないものが多く、スタートアップの成長に寄与できないものだと分かりました。

スタートアップが裁量を持ってソリューションを提案でき、かつ、予算も手当てされる課題を把握すべきとの結論に至ったわけですが、財閥からその条件を満たす回答が容易に出てこないので、何度も先方のオフィスに足を運んでは現場の人も含めて長時間議論を重ねていきました。このプロセスなくして、財閥との間で高いシナジーが発揮できるスタートアップをリストアップできなかったため、有識者の皆さんに心から感謝しています。

結果的に、最も熱心に議論をしてくれたCPグループがイベントの共催を申し出てくれました。同社の会長や社長をはじめ、大手財閥の経営陣が多く集まるイベントになったため、タイのテック界隈からも注目されました。当日の各社間の個別面談なども事前に調整していたので、翌週から早速現場を訪問し、新製品のプロトタイプを納品するスタートアップも出ています。次は、タイとインドネシアでツアー形式のイベントを開催しますが、インドネシアでは大手財閥のシナルマスグループが共催します。

あわせて、タイのスタートアップと日本企業の協業に向けた取り組みも始めています。この1年で日本の大手企業による東南アジアのスタートアップへの関心は飛躍的に高まっています。タイでは新興国特有の課題を克服するスタートアップが出てきていますが、テックドリブンなケースが少なく、プロダクトの品質向上や差別化が難しいため、日本企業の技術やノウハウが生かせる事例が出てきています。

日本は世界の市場の一つでしかない。一番いい場所を選んで起業すべき

最後に、ビジネスパーソンではないので偉そうなことは言えませんが、日本だけでなく世界で一番いい場所を選ぶ、という考え方をお伝えしたいと思います。

タイ発のICOユニコーンであるOmise創業者の長谷川潤さんは、ASEANという成長市場と共同創業者の人脈からタイでの起業を選びました。長谷川さんは「もし日本で始めていたら成功できなかった」と言っています。

もちろん日本で頑張るのもいいし、日本の官僚である私としても嬉しいです。日本は現時点で市場規模が大きく、起業するならまずは生まれ育った日本から、という考え方も理解できます。しかし、日本で起業して日本の投資家から資金を調達すると、日本で成功するまで海外進出に慎重となり、いざ海外に出ると日本でしか通用しない組織やサービスゆえに通用しない、という失敗例をよく目にします。

笑い話に近いですが、私がタイで出会った日本のスタートアップの中には、悪い意味で日本の大企業と変わらないと思うことも少なくありません。
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文=夏目 萌、写真提供=寺川聡

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