財閥の経営陣にも複雑な政治力学が働いています。当初、キーパーソンだと目されていた人物と議論を深めると、実は主流派ではないことが分かってくることも少なくありません。でも、その人に改めてキーパーソンを紹介してくださいとは言えないので、親しいタイの友人をたどるなどしました。キーパーソンを探り当てて信頼関係を築くまでには多くの失敗と苦労ばかりでした。
あるとき、彼らと対話する中でどのようなパートナーを求めているかと聞いたことがあります。
返ってきた言葉は「日本の大手企業は意思決定が遅すぎる。スピード感があって、ほかにはない強みを持つスタートアップに来てほしい」でした。
言い換えれば、両者を持たないスタートアップはまったく相手にされないでしょう。東南アジアに関心があるから担当者を出張させてみようというノリは通用しません。また、欧米や中国の具体的な企業を示されて、比較優位性を問われた日本のスタートアップを何度も見ました。
大手財閥は起業家精神が旺盛です。スタートアップの創業者が大手財閥出身であることが多いのもその表れです。彼らは、スピード感のある大胆な事業投資を行いますし、日本とは異なる新興国特有の課題を抱えるため、日本のスタートアップが協業できれば大きなチャンスとなります。
成果から逆算した、オープンイノベーションの仕掛け方
主催イベント、Rock Thailandにて=2019年3月
2017年後半、私たちは、タイの大手財閥や政府高官らと集中的に議論を重ねながら、コネクテッドインダストリーズを具体化させるための戦略を練り上げました。
その一つが、「オープン・イノベーション・コロンブス」プロジェクトです。日本のスタートアップとタイ財閥に加えて、日系企業と日タイのスタートアップとの協業を加速化させるための枠組みで、マッチングや、投資インセンティブ・スマートビザの政府優遇策などをまとめたものです。
その関連で、著名なVCや専門家で構成された10名の有識者委員会を立ち上げ、私もその都度シンガポールに出向いて、具体的な進め方を議論しました。
実施したのは、熱量の高いタイの財閥経営陣同士で日本のスタートアップを競って取り合う「Rock Thailand」というマッチングイベント。政府主催のマッチングはロクでもないという不都合な真実からスタートしたので、有識者が求める要求水準はかなり厳しかったですね。
一般的なマッチングイベントでは、不特定多数の観客に対して一般公募を経たスタートアップがピッチをすることが多いのですが、Rock Thailandではスタートアップが単独でリーチしにくいタイ財閥の創業家や経営陣を観客としました。また、財閥が抱える課題をもとに日本のスタートアップを80社ほどリストアップした日本のスタートアップから、財閥に本気で会いたい企業を選んでもらった後に、私が1社ずつ声をかけていきました。