ここで「何を言ってくれなかった」のかと言えば、それは「孤独」です。来る日も来る日も、昼夜を問わず、ずっと赤ちゃんとふたりきり。外出はおろか食事やトイレもままならない。そして、理由はわからないが、とにかく泣く赤ちゃん。母親は独特の精神状態になります。
筆者は54歳で初めて父親になり、産後100日間の育児体験を経て、日本の社会に潜む産後問題に遭遇しました。今回はその実態に触れて、連続コラムのまとめとしたいと思います。
社会構造の変化が生んだ「歪み」
「うるさい、静かにさせろ!」「子育ては女が何とかしろ!」泣き止まぬ赤ちゃんに対して、かつて日本の産後の家庭で聞かれたパパの言葉です。
しかし、これは必ずしも古くから根付くものではありません。明治大学の藤田結子教授は、「多くの人がサラリーマン家庭で育っているから、そういった環境がずっと続いてきたように錯覚してしまうかもしれないが、それは違う」と言っています。
「農林水産などの第一次産業が社会の中心であった時代は、夫婦が家のそばで働き、3世代が同居し、近所のつながりもあって、母親が1人で家事育児をこなすのは特異なことだった」と藤田教授。高度成長期からサラリーマンと専業主婦が激増し、核家族化が進み、地域のつながりも薄れ、社会の構造が転換。母親が「孤独」に陥りやすくなってきたのです。
さらに、出産年齢が高くなるとともに出産時の母親の体力は低下します。また、高齢出産では、両親の(実家の)親の年齢も高くて、出産や育児の戦力とならない可能性も高いです。あるいは、親世代も働いていてサポートし難いということもあります。
ヒトはそもそも群れて生きる動物であり、赤ちゃんは共同養育が当たり前らしいのです。それが、社会構造の変化で実現しなくなってきている。それではひずみが生じるのも言うまでもないでしょう。
日本の産後は「異常事態」
昨年9月、NHKが放送した「知ってほしい“産後のうつ”~92人自殺の衝撃~」という番組では、専門家が「異常事態」と警鐘を鳴らしていました。
国立成育医療研究センターの調査結果によれば、2年の間に、出産後1年未満に死亡した女性の死因のトップは自殺で92人。なかでも、35歳以上や初産の女性にその割合が高いということです。この結果を専門家は、産後うつなどが関係しているとみています。
筆者の妻も産後6日目で「産後うつ」と診断されました。母親の10人に1人が産後うつになるとも報じられていますが、診断を受けていないケースも多く、とくに初産では、実際には半数以上のママが経験しているという声もあります。