「夏の間はずっとダーチャよ!」
20年前のロシア旅行で聞いたその言葉は今も鮮明に覚えている。
ダーチャとは、ロシアの庶民が普通に持っている郊外(草原や森)の菜園付きの小屋のことだ。普段は都市の集合住宅に住んでいる市民が週末や長い休みはダーチャで過ごす姿はカルチャーショックだった。手作りに近い小屋も多く、質素ではあったが、そのライフスタイルには豊かさを感じた。
その後、北欧(スウェーデン、デンマーク、ノルウェー)、中欧(チェコ、ハンガリー、ポーランド)も旅したが、呼び方は違うがやはり同じような小屋が存在していた。
「森の小屋」と書くと、日本人の頭の中は「別荘→軽井沢→庶民にはありえない」、という思考に陥るが、旅行中に見たそれはまったく別物だった。ムーミンの原作者、フィンランドのトーベ・ヤンソンもそんな小屋を持っていた。「島暮らしの記録」(筑摩書房刊)に詳しいが、それによると、電気も水道も何もない質素な小屋だったことがわかる。そして、大自然の中での不便こそが楽しみであったことが伝わってくる。
先日、ある仕事でフィンランド大使館内(港区)でインタビュー撮影をする機会があった。その時、リッポネン元首相が在任中に育児休暇をとって大きな話題になったということを聞いた。「国で一番忙しいはずの人が休暇を取ったら、ほかの者も取らないと、という空気になりますよね」と広報(日本人女性)の方が、どこかうれしそうに言った時の表情が印象的だった。
毎年夏になると、彼の地では長期休暇をとって、人々は小屋で過ごしているのだと思うと、僕はいつも落ち着かなくなってくる。ロシアでダーチャを見てから20年。やっと僕自身のライフスタイルはそれに少し近づきつつある。
しかし一方で、この日本では、僕のような考え方は例外的だということも自覚している。みんながやっていることであれば、そもそもこのウェブ連載のテーマとしては成り立たないのだから、この文章も書いていないはずだ(笑)。