「継承か革新か」 正義を前に揺れた女性ジャーナリストの矜持

(左から)スティーブン・スピルバーグ監督、メリル・ストリープ、トム・ハンクス


そんな中、匿名者からデスクに文書の一部が届けられて記事作成のチャンスとなったのも束の間、またもニューヨーク・タイムズに先を越されてしまうのだが、政権の30年にもわたる隠蔽工作を二度もスクープしたことで、ニューヨーク・タイムズは政府から記事の差し止めを要請される。

ベンは部下にリークした人物との接触を命じる一方、今がチャンスだと再びキャサリンを説得。「我々がやらなくて誰がやる」という言葉が、慎重だった彼女の心に小さな火を付ける。

やがて、ある筋を通じて大量の文書が運び込まれ、ポストの社内は、機密保護法違反を冒してでも掲載か、社を守るために中止かで大揺れに揺れる。

キャサリンはワシントンポストの社主だった父を持ち、父亡き後は夫フィリップが跡を継いだため、ずっと補佐に徹して来た女性である。もしフィリップが急逝していなかったら、政界に知古の多いセレブリティとして、華やかな社交と家庭を中心に生きていたであろう。今は社主として経営を引き継ぎ真剣に取り組んでいるが、役員会ではまだ全面的な信用を得ていない。

信頼できる「父」と手のかかる「息子」と

女性が社長になることが、珍しい時代である。要人夫妻が集うホームパーティでも、食事の後、妻達は別室に移動してプライベートな話、テーブルに残った夫達は政治の話。ジェンダー規範はくっきりしている。キャサリンのように、いきなりトップの男性の後釜に座った女性は、前からその周囲にいた男性達に厳しい目で見られるのだ。

そのことをキャサリンも十分意識して慎重に振る舞っているが、強い緊張に晒されていることが伝わってくる。ベンとの朝食会ではアタフタして椅子を倒したり、銀行家との会合では分厚い資料を出したり引っ込めたりと落ち着かない。

しかしどんな場面でも大きく取り乱すことなく、どんな人にも笑顔で穏やかに対応しようとする態度には、年齢と経験なりのものが感じられる。メリル・ストリープの抑え気味の演技によって、「女性社長」という強めのイメージよりも、キャサリンの真面目で優しい人柄が浮かび上がってくる。

そんな彼女を陰に支えてきたのは、取締役会長のフリッツだ。重鎮らしい落ち着いた佇まいと親身なサポートぶりは、いかにも信頼のおける指南役といった感じ。キャサリンにとっては何でも相談できる「父」のような存在に見える。

一方、ベンは、手はかかるが頼もしい「息子」といったところ。キャサリンがニューズウィークから引き抜いた遣り手の彼は、取材に経費を惜しまないため役員会からは評判が悪い。しかし、強引な面はあるが部下をしっかり掌握し権力に屈しない姿勢が、キャサリンの真面目さと響き合う。軽口を叩き合うところは同志といった雰囲気だ。
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文=大野 左紀子

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