もちろん、世界をよくするというより崇高な目的の達成のためには、リターンが低くなっても構わない、という投資家もいるだろう。しかし、ESG投資を、資産運用にリターン以外の要素を入れて、リターンが低くなるものだ、と規定してしまうと、主流の投資家からはそっぽを向かれてしまう。さらに、リターンの最大化を求められている年金基金、あるいは要求されるリターンの水準が規定されている年金基金にとっては、リターンが低いと最初から開示されているESG投資は受託者義務違反に問われる可能性が高いので、難しい。
さらに、ESG投資家が多数集まると、株価を引き下げるように影響を与えて、崇高な目的が達成されるかというと、それも疑わしい。なぜなら、ESG投資家が排除した投資対象(例えば、石炭火力やタバコ会社)は、真の企業価値に比べて割安になり、ESGを気にしない投資家にとっては魅力的な投資対象になる。「罪な企業の株(Sin stock)」のリターンは高い。実際にESG投資が盛んになると、「罪な企業」投資も盛んになった。その結果、ESG投資家が、株価に影響を与えて世界をよくしようという崇高な目的は到達されない。ESG投資が自己満足になってしまう。
ここまでは、ESG適格な企業について、はっきり白黒がついているということを前提に論じてきた。しかし、実際には、白黒をつけることが難しい場合も多い。石炭火力発電所を抱える電力会社が、太陽光発電も行っている場合もある。だれが、どのような基準で、ESG適格を判断するのだろうか。ESG指数を構築している会社もいくつかあるが、共通の標準はない。
さらに、ESG投資の正確な定義がないなかで、ESG投資のリターンが低くても構わないという投資家が増えてくると、意図的に「みせかけ(あるいは偽り)のESG重視」の会社が登場する可能性が高まる。また、そのような会社を組み込んだ投資商品や指数をつくる会社が出てくる可能性が高まる。このようにESGという崇高な目的を悪用する企業や資産運用をグリーンウォッシュ(Green wash)と呼ぶ。
ポジティブ・スクリーニングとネガティブ・スクリーニングでESG投資を考えることには、問題が多いということがわかる。
伊藤隆敏◎コロンビア大学教授・政策研究大学院大学特別教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D取得)。1991年一橋大学教授、2002年〜14年東京大学教授。近著に『公共政策入門─ミクロ経済学的アプローチ』(日本評論社)。