原点は時計にあり プリント技術で切り拓く新時代

セイコーエプソン代表取締役社長の碓井稔

最先端のインクジェット技術で新たな地平を拓くセイコーエプソン。時計作りに始まり、新領域のプリンターまでの開発ストーリーに迫る。


今から6年前、かのデヴィッド・ボウイのステージ衣装を手掛けた山本寛斎が、デビューの地・ロンドンで、40年以上のキャリアの集大成として開いたファッションショー。その晴れ舞台では、いつも以上に鮮やかで精緻な色彩のピースが人々の目を引いた。藍色ひとつとっても、従来の捺染(なっせん)技術では成し得ない複雑なデザインと色数、そして豊かなグラデーションは、実はセイコーエプソンの最先端の「インクジェット技術」を用いたものだった。

この“プリントアウト”は一度限りのデモンストレーションなどではない。写真のように高精度な色調でシルク、コットン、ポリエステルなど多様な生地に印刷でき、多くの高級アパレルメーカーに採用されている。しかも製版が不要のため、データさえあれば半永久的に何度でも再現でき、必要な分だけ作ることができるのだ。

「エプソンってプリンターの会社でしょう? 書類とか写真とか」。最初は誰もがそう思うだろう。「カラリオ」の商品名はあまりにも有名で、ホームユースからプロ写真家まで信頼は厚い。同社のコア技術である独自の「マイクロピエゾ」のプリントヘッドは、電圧を加えることで収縮するピエゾ素子の動きによってインクを吐出し、正確なカラーコントロールが持ち味だ。長野県にあるイノベーション拠点や本社を訪れると、「プリント=紙はもはや過去の常識なのだ」と思い知るのだった。

イタリア・コモでの協業

長野県諏訪湖近くの本社から車で約40分。塩尻市内にあるイノベーション拠点となる広丘事業所に足を運んだ。大学のキャンパスのように広大な敷地に、いくつもの建物や工場が立ち並ぶ。筆者が通されたガラス張りの建物は、天井が高く開放的な雰囲気。展示スペースには、個人やオフィス向けのプリンターだけでなく、サイネージの大判プリンターや小型のラベルプリンターなど、多様な製品群がずらりと並ぶ。

一際目を引くのが、冒頭の山本寛斎コレクションをも支えるデジタル捺染機「Monna Lisa(モナリザ)」のプレゼンテーションだ。青やオレンジなど発色が良く、鮮やかなテキスタイルはインパクトがあり、シルクなど繊細な素材にも対応できるというから驚きだ。2019年度中には、テキスタイル分野の成長を見込み、この事業所内に建設中の新たなイノベーションセンターB棟でデジタル捺染機の生産が始まる。
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文=三井三奈子 写真=帆足宗洋

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