テクノロジー

2019.08.03 15:00

原点は時計にあり プリント技術で切り拓く新時代


社史を紐解くと、セイコーエプソンの端緒は42年に設立された有限会社大和工業に始まる。これは服部時計店の腕時計製造部門であった第二精工舎諏訪工場の協力会社という位置付けであったから、原点は時計作りといえる。大和工業がオリジナル設計で生み出した機械式腕時計「セイコーマーベル」は、諏訪が東洋のスイスと呼ばれ始めた出世作。56年のことだった。ちなみに世界初のクオーツ式腕時計の開発に成功したのは諏訪精工舎時代だった。

特筆すべきは64年の東京オリンピックのためにセイコーグループの一員として開発した競技時間記録装置(プリンティングタイマー)だ。同時期に開発した正確な水晶(クオーツ)時計とプリントの技術が融合した電子記録システムのおかげで、オリンピック史上初めて計時へのクレームがない大会として知られる。数年後に発売された世界初の小型デジタル制御プリンター「EP-101」の開発へと繋がり、爆発的な人気に。その後ブランド名となった「EPSON」はEP-101のような子供たち(SON)が世界で活躍してほしい、という願いを込められた造語である。

エプソンのものづくりのDNAとして脈々と受け継がれているのが、「省・小・精(しょう・しょう・せい)」だ。省エネルギー・小型化・高精度を意味する。マイクロピエゾヘッドはこの典型例だ。

そして精度の高さには、原点である時計作りの技術が大きく貢献している。当時の開発チームには時計分野から精密加工技術者が参加しており、彼らが成し遂げたノズル加工は、高精度で信頼性の高いインク吐出に欠かせない要素となっている。つまりこのプリントヘッドには、エプソンのすべてが注ぎ込まれているのだ。

この総力の象徴であるマイクロピエゾヘッドは、インクジェットの世界に新しい地平をもたらそうとしている。使用するインクに制限がないため、通常の印刷からポスター、看板、ラベル印刷、そしてデジタル捺染まで、現時点でさえこの技術がカバーできる範囲は広い。さらにインクを液体材料に、吐出先を三次元空間に置き換えれば、3Dプリンターにさえ応用が可能である。最後に、碓井はこう語るのだった。

「新しい世界を作り出していく。それが技術者冥利です」


碓井稔◎1955年、長野県生まれ。東京大学工学部卒業後、自動車関連企業を経て信州精器(現セイコーエプソン)に入社。マイクロピエゾ方式のインクジェットプリンターを開発し、「プリンターの祖」とも称される。生産技術開発本部長、常務取締役などを経て2008年より現職。

文=三井三奈子 写真=帆足宗洋

この記事は 「Forbes JAPAN 社会課題に挑む50の「切り札」」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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