田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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一流のプロの世界とは、いかなるものか。

そのことを考えさせる、興味深いエピソードがある。

ある大都市の首長選挙でのこと。

二人の候補者が激しく競い合う選挙において、両陣営の選挙自動車が街中を走り回り、住民に対して懸命に支持を呼びかけていた。

その選挙戦のさなか、ある選挙事務所の前を、味方の陣営の選挙自動車が、支持を訴えながら、通り過ぎていった。

その訴えを行う車上の運動員は、語りのプロフェッショナルらしく、よく通る声と流暢な話し振りで支持を呼び掛けていた。

しかし、それを聞いた事務所の熟練の選挙参謀が、表情を曇らせ、呟いた。

「あの喋り方では、駄目だ。あれでは、住民の気持ちが離れてしまう……」

しばらくすると、その事務所の前を、相手陣営の選挙自動車が通り過ぎていった。

その自動車から聞こえてくる運動員の声は、草の根の支持者が喋っているらしく、素人らしい声と素朴な言葉で、支持を訴えていた。

しかし、そのため、その喋り方は、住民にとって親しみと共感を覚えるものであった。

それを聞いた先ほどの選挙参謀が、悔しそうに、呟いた。

「あれは、本当は、素人じゃない。実は、プロの役者が喋っているんだ。あちらの選挙事務所が、一枚上手なんだよ……」

このエピソードを聞くとき、昔からプロフェッショナルの世界でしばしば語られる、二つの言葉を思い起こす。

「うまへた」と「へたうま」。

たしかに、プロフェッショナルの世界では、「上手そうに見えて、実は下手」と「下手そうに見えて、実は上手い」という二つの状態がある。

例えば、プレゼンテーションにおいても、「立て板に水」のように実に流暢に喋るが、話している内容があまり印象に残らないタイプと、素朴な喋り方なのだが、なぜか、言葉が心に残るタイプがいる。

こうした場合、後者のタイプは、実は、かなりの技を持ったプロフェッショナルであることが多い。

この「うまへた」と「へたうま」は、話術の世界だけでなく、文章やデザインの世界にもある。

文=田坂広志

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