フェローに就任してすぐ、米田はJリーグのデューデリジェンス(企業価値をはかる調査)を行い、組織のマネジメントがうまく機能していないことを痛感した。意思決定の軸が明確ではなく、道筋が見えにくい箇条書きのような経営施策。
目標設定が曖昧で、達成度は検証されにくく、人材育成の概念も乏しいように映った。
米田は18人の幹部を集めて、マネジメント力の向上や、経営上の論点を共有する会議を毎週開き、月ごとに総括を配信した。そこでたびたび指摘したのが、かねてから社会全体を覆う課題だと思っていた「当事者意識の低さ」だった。
「当時は幹部でも、『チェアマンが』『上が』『してくれない』という言い方をしていたんです。不満があるなら闘えばいいし、ちゃんとコミットしていれば人のせいにはしない。自分が主体者、当事者であるという自覚をもっと持とうと、繰り返し発信しました」
主体性のなさや個で考える力の弱さは、Jリーグの組織だけでなく、日本サッカーの弱点でもある。
そして1年が経つ頃、米田はチェアマンの村井から「意思決定の中に入って軸を明示してほしい」と、理事の話を持ちかけられた。
理事の任期は2年。前半が終わったいま、米田は「共通の地図」である経営ビジョンの策定や、事業・経営基盤を強化するための仕組みづくりは大枠で片付いたと話す。
各人各様だった伝票処理や決裁基準をルール化するなど次々メスを入れる米田に、自由を奪われたと感じたり、「何も知らない若い者が」と不快感を示したりと反発が出たのは当然とも言える。
米田自身、「血だらけになっている」と苦笑する。それでも怯まなかったのは、監査法人で働いていた時代と同じ思いがあるからだ。
「皆を信じているんです。できるはず、と期待しているから。愛がないとぶつかれないですよ」
相手への「愛」があるから「クレイジーなほどの本気」が生まれる。それは人でも組織でも、地域活動でも同じこと。そう考える米田は、理事として担当する社会連携のスローガンとして、“LOVE&CRAZY”と掲げた。
任期の後半では、社会連携のプロジェクトを軌道に乗せ、仕組みの運用を本格化するという。リーグ内の立て直しという水面下の作業から、クラブを回って対話し、ビジョンを接続するという段階に入る。
「効果が出るのはおそらく中長期」と米田は語る。彼女の仕事の意義や成果が可視化されていくのは、これからだ。ただ、萌芽はある。
冒頭で紹介した「Jリーグをつかおう!」ワークショップでは、ホームタウン活動のアイデアが57個生まれた。そのなかから、ヘルスケアやダイバーシティ&インクルージョンの象徴である「ウォーキングサッカー」(横浜F・マリノス)や、スタジアムでの「同窓会」(ヴァンフォーレ甲府)などが既に実現している。
“LOVE&CRAZY”は企業にも伝播し、コミュニティパートナーシップ協定(川崎フロンターレとAmazon)や、共同イベント開催(FC町田ゼルビアと小田急)といった新たな動きが起こりはじめた。
化学者である米田の父は、触媒が専門だった。米田はいま、“LOVE&CRAZY”から変わる地域住民や自治体、企業とJリーグとの関係性を目にしながら、こんな感慨を抱いている。私も一種の「触媒」なんだな、と。
そんな米田自身が実はいちばん「Jリーグをつかおう!」と思っているのでは?そう尋ねると、「ああ、そうですね」とさらりと切り返してきた。
「Jリーグは当事者を生みだしていく装置になれるし、最終的にこの社会にオーナーシップ(当事者意識)の価値観を根付かせたいというのが、私の人生の大事なミッション。
クラブをハブにして、自分にもできることがあると挑戦する人が増えて、そこから誰かの役に立っている感覚を持ち、地域や人との関係性を築いていく。Jを通じて、そんな共生社会ができていくといいなと思っています」
よねだ・えみ◎1984年、東京生まれ。公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)理事。公認会計士。高校時代から社会デザインに興味をもち、慶應義塾大学在学中に当時最年少で公認会計士の資格を取得。会計事務所勤務を経て、2013年に独立。組織改革や人材育成コンサル会社「知惠屋」の副社長、Jリーグの社外フェローなどを経て、18年3月より現職。社会連携本部を立ち上げ、組織改革に取り組んでいる。