フォーブス ジャパン編集部 エディター

Lautashiデザイナーの鈴木えみ(写真=小田駿一)

1999年、女性ファッション誌『Seventeen(セブンティーン)』の専属モデルとしてデビュー。一躍話題となり、ティーンの間で注目の的に。その後、『PINKY(ピンキー)』をはじめ『MAQUIA(マキア)』や『Sweet(スウィート)』で活躍するなど、ファッションモデルとして常に最前線を走り続けてきた、鈴木えみ。

デビューから20年が経った今、彼女が活躍するフィールドはファッションモデルにとどまらない。2013年に結婚・出産を経て、2017年に自身のブランド『Lautashi(ラウタシー)』を立ち上げるなど、モデル、デザイナー、母親と“3足のわらじ”を履きこなす。

2018年、Lautashiは「AMAZON FASHION WEEK TOKYO(アマゾン ファッション ウィーク東京)」のスペシャルプログラム“アット トウキョウ(AT TOKYO)”でメディアアーティストの落合陽一とタッグを組み、インスタレーションを行うなど、新進気鋭のブランドとして注目を集めている。

ファッションモデルの仕事もこなしながら、育児も行う。ただでさえ仕事と育児の両立に頭を悩ませる女性が多い中、なぜブランドを立ち上げ、“デザイナー”という新境地を切り拓くことにしたのか。鈴木えみの新たな挑戦の舞台裏に迫った。

人生の転機で下した決断。結婚・出産に加え、自分の軸がもう1本欲しかった

私は今年で34歳になるのですが、28歳で結婚・出産という人生における大きな転機を迎えて、仕事との向き合い方を改めて考えてみたんです。

ファッションモデルの仕事は飽き性の割に、20年間も続いていて(笑)。やっぱり被写体として求められるうちは、この仕事をこれからもやっていきたいと思いました。

ただ、いろんなことを考えていく中でファッションモデルの仕事とは別に、自分の軸となる仕事をもうひとつ作り、それを形にして世の中に残していきたいと思ったんです。それがデザイナーとして、自分のブランドを立ち上げることでした。

過去にファッションブランドとコラボする形で洋服づくりに携わる機会はあったのですが、私がスケジュールに追われてしまい、あくまで生地替えや色別注をするだけ。ほとんどのプロセスはお任せする形になっていたので、自分でゼロからやってみたいな、と。

20代半ばの頃から、「いつかは自分のブランドを立ち上げて、洋服を作りたい」という考えが何となくあったんだと思います。デザイナーとして、自分のブランドを持つことが世間の求める「鈴木えみ」のイメージと異なることは分かっていましたが、それでもやってみたい思いが強かった。何より昔から洋服が大好きでしたし、ファッションモデルの仕事を続けていく中で洋服が持つ新たな魅力にも気づけたんです。

自分の中にある“ファッションの感性”をプロダクトに落とし込んで、世の中に提案したい。そんな思いから、Lautashiを立ち上げました。


Lautashiの商品ページ。トップページには2019S/Sの商品が並ぶ。

関係者たちから、展示会などで「どこの企業と一緒にやってるの?」と聞かれますが、Lautashiは100%自己資金です。自分の力でどれだけやれるのか試してみたく、自己資金でやっています。

写真=小田駿一

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