日本でもオーベルジュを定着させようとしている企業がある。高級フランス料理を中心に全国にレストランやカフェを展開する、ひらまつだ。同社は2016年にホテル事業に参入。三重県・賢島、熱海、箱根・仙石原にオーベルジュを開店した。
その年、創業者のシェフ平松博利から社長を引き継いだ陣内孝也は、狙いをこう語った。
「目指したのは“滞在するレストラン”。そのコンセプトを実現するため、ホテル経験者を雇うのではなく、全国のレストランやウェディング部門からスタッフを選抜して自分たちでホテルづくりをしました」
陣内はサービス出身。ホテル開業時は現地で陣頭指揮を執り、ひらまつのホスピタリティをスタッフに叩きこんだ。18年に沖縄県にも店舗をオープンさせたが、立ち上げの2カ月間は沖縄から離れなかった。
オーベルジュを訪れる客の最大の目当ては食だが、沖縄ではアクティビティ目的の客も多い。サイクリングに行く客が朝早く自転車を組み立て始めたら、朝食を弁当にしてそっと手渡し、ジョギングに出かけた客がいれば、帰りを見計らって水を用意する。
そういったサービスがごく自然に行われているのも、レストラン事業で培われたホスピタリティ精神がホテル事業にうまく移植されているからだろう。
陣内はもともと料理人志望だった。調理学校を卒業後、フランス修業を経て西麻布「ひらまつ亭」に入店。しかし、2年目に平松から「一流の料理人になるのは難しいが、サービスなら一流になれる」とアドバイスを受ける。
「料理人は集中力や探究心が必要ですが、私は料理が好きで高いレベルの味でなくても満足してしまう。性格もひとつのことに集中するより、周りがあれこれ気になるタイプ。平松はそれを見抜いてサービスへの転向を勧めてくれたのでしょう」
店が広尾に移ったのを機に、タブリエ(見習い)として再スタート。サービス向きの性格だったせいかメキメキと頭角を現し、26歳で支配人に抜擢された。だが支配人になった直後に壁が現れた。支配人は店全体を見る立場。しかし、自分でやろうという思いが強すぎて、仲間を信頼しきれなかった。