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マルコ・ピエール・ホワイト

「料理界の天才」にして怪物、マルコ・ピエール・ホワイト。16歳の時、「7.36ポンドと本の入った箱と洋服を入れた服を持って」ロンドンに向かったのがすべての始まりだった。

1987年、26歳でロンドンに最初のレストランをオープンするやいなや、ミシュランの星を獲得。33歳、当時最年少でミシュラン3つ星を獲得。これはイギリスにもたらされた初の3つ星だった。

そして1999年、ミシュランの星を突如返上。調理場を去り、レストラン経営の道へ。「L’Escargot」(「ベスト・フレンチレストラン・イン・ロンドン」に選ばれる)や「Mirabelle」(ミシュラン1つ星獲得)など数々の一流レストランの経営で、その名を改めてとどろかせる。

かたや、ファストフードの「マクドナルド」について「多くの下手なレストランよりもはるかに優秀」と絶賛するコメントを発表して話題を呼ぶなど、変わらず、食の世界の風雲児でもある。その半生はリドニー・スコット監督が自伝の映画化を申し出たこともあるほど激しく、そして数奇だ。

このセレブシェフのインド初訪問に際し、「フォーブス・インド」がインタビューした。許諾を得たので、以下全文を掲載する。

マルコ・ピエール・ホワイト。イギリス料理界の「アンファン・テリブル(恐るべき子ども)」と呼ばれる。彼はかつて、計7つのミシュランの星を持つ三ツ星シェフのゴードン・ラムゼイをしごいて「泣かせた」ことでも有名だ。もちろん、ミシュラン三ツ星を最年少で獲得したこと、さらには後に、その星を放棄したことでも知られている。

その彼が、初めてのインド訪問でムンバイにいる。1月19日・20日に開催されるフードフェスティバル、第4回「ワールド・オン・ア・プレート」で特別講習を主催し、高級ディナーと豪華ブランチを提供するためだ。「フォーブス・インド」はそのイベント入りの直前、この天才料理人のインタビューに成功した。


自分の星は自分で守る

──なぜようやく、インドに来ることに決めたのですか?

実は何年も前から、生きている間に行ってみたいところについて考えてはいたんだ。2011年のあるインタビューでは、「インド」と言った記憶がある。だが現実には、仕事以外でイギリスを出ることはまったくなかった。仕事で外国にいる時間が長すぎて、年間5カ月しか家にいられないから、休暇でまで海外に行きたい気持ちにはならなかったんだ。

そんな訳で、今までインドに来たことがなかったのは、誰も仕事で招待してくれなかったからだよ。今回、「ワールド・オン・ア・プレート」でようやくそのチャンスが訪れた。今では、滞在の予定を延ばしたいと思っているくらいだ。

──1999年に厨房に別れを告げ、レストラン・オーナーとなりましたが……。

私は実業家に転身したと思ったことは一度もないんだ、本当に。実際、調理器具からは離れても、調理場の熱気は感じていたいんでね。

今はイギリスのど田舎に、61室あるホテルを建てている最中だ。そのうち1棟は18世紀のゴシック調にして、2階から上は全部私の住まいにすると決めた。だから客人は、私の自宅で眠り、私の自宅で食事をするというわけだ。もちろん、私の料理が食べたかったら、私のホテルに泊まる必要がある。61室だから、客は120人かそこらだね。昔のチームを、私のキッチンに呼び戻すことになると思うよ。

文=Kathakali Chanda, Pankti Mehta Kadakia 翻訳=松本裕/株式会社トランネット 構成=石井節子

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