エル・ブジを離れた後は、南米ペルーに渡り、国民の50%の支持を集める英雄が経営する「アストリッド・イ・ガストン」などでさらなる修行を積む。そこで見たアマゾンとカカオが、彼の人生を変えた。
日本に帰国後、料理教室を主宰しつつ、飲食店にカカオを紹介する活動を精力的に行う太田氏。アマゾンは彼をどう変えたのか? ペルーでの経験と「料理を通した社会貢献」について話を聞いた。
「大統領に一番近い料理人」との出会い
「最初はやはりヨーロッパでした」と言う太田氏のキャリアは、イタリアから始まった。約10年の間に、ミシュラン星つきのレストランで働き、注文の多いミラノ富豪マダムのプライベートシェフを勤め、地元のグルメたちに「卵プリンのTETSU」と呼ばれて愛され、その味でマフィアのボスを虜にした。
その後スペインに渡り、「料理界のハーバード大学」とも呼ばれた名店、エル・ブジに勤務。そこでスペイン語圏の人々、とくに中南米出身の仲間と生活していた時に、あることに気づく。
南米にはトマトやとうもろこしなど多くの食材の原種の産地がある。その中でもペルーは、世界中の70%の食材が揃う国なのだ。日本に住んでいても、たとえば「じゃがいも」といえば、男爵やメイクイーンなど5、6種類は頭に浮かぶが、その原種となると4000種類ほどある。
「食材の宝庫と言われる国に行ってみたい」。そう思った太田氏だが、ペルーを目指したのにはもう一つ大きな理由があった。
「エル・ブジのようなミシュランの星付きレストランで働くと当然、仕事の仕方が技術一辺倒になります。でも僕は逆に、技術ではない、料理人の思想や社会的な活動に興味を持つようになったんです」
思想的、社会的な活動で有名な料理人。その先駆けが、ペルーで国民的ヒーローと言われるシェフ、ガストン・アクリオだ。レストラン事業を軸に、ペルー人が然るべき恩恵を受けられる社会的なシステムを提言する彼は、全国意識調査で国民支持率50%を誇り、「大統領に一番近い料理人」ともいわれる人物。映画『料理人ガストン・アクリオ 美食を超えたおいしい革命』は、2015年に日本でも公開され話題になった。
「彼は食を起点に社会に訴え、ペルーを変える運動をしている偉大な人。とにかく近くで見てみたかったんです」と太田氏は言う。
そして、念願かなってガストンの店、「アストリッド・イ・ガストン」で働くことになるが、そこでまたあることに気づく。
新店のオープニングパーティーにて、ガストン・アクリオ氏(左)と太田氏(中)
「当時働いていた店では、毎朝まかないでコーヒーが出るのですが、ペルー産のおいしいコーヒーが飲めるかと思ったら、みんな、顆粒のインスタントコーヒーを飲んでいるんですよ。チョコレートも、カカオ感をほとんど感じない『ミルクチョコ』だったり。コーヒーやカカオの原産国でなぜ? と思いました」
みかん農家の人たちが、果汁30%のオレンジジュースを飲んでいるような世界。その「腑に落ちない」感が、アマゾンの奥地に入って行くきっかけとなった。